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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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一ノ三、イシュマイル

「イシュマイル! お前は先に村に戻れ!」

 ギムトロスが背後に向かって怒鳴るように叫んだ。

「もう一人いたのかっ?」

 その音量と相まって兵の中から驚きの声が上がる。


(イシュマイル?)

 何故だかその名前がバーツの耳に響いた。


 一行の視線が集る中、乾いた草の音と共にギムトロスの背後から少年が姿を現した。

「……この少年は……」

 アーカンスならずとも声にしただろう。

 ギムトロスと同じく長く伸ばした髪を後ろで束ね、ノア族の衣装に身を包み、腰に朱い布を巻いている。


 しかしノア族の特徴である黒い髪と浅黒い肌ではなく、一見するとアーカンスたちタイレス族に近い容姿の少年だった。


 アーカンスは咄嗟に先ほどの猟師の話を思い出す。

 この少年が件の幽霊の正体では、と思い当たったからだ。事実、少年の纏う衣は、織り込まれた文様こそ明確だがノア族特有の染色が施されていない。

 全体には生成色一色で、マントも似た色だ。森の中では白く見える。


 一方バーツは信じられない、という表情だ。

「冗談だろ」と思わず口にする。

 ノア族の血を引くバーツから見れば、少年の立場は自分の真逆だ。


 少年はタイレス族から見ても違和感があった。白い肌や銀に近い金髪、薄い黄色の瞳――いずれも特徴的で、顔立ちと相まってとても印象に残る姿だった。


「……嫌だ、僕もレンジャーだ。退くわけにはいかないよ」

 イシュマイルと呼ばれた少年は、まだ声も口調も幼い様子だが、気の強さだけは見て取れた。ギムトロスと遊撃隊を交互に睨みつけているが、それを制するギムトロスも必死だ。


「お前には関わりのないことだ。さっさと行け!」

 焦りの形相で少年を追い払おうとする様子に、バーツが納得したように頷いた。

「ははーん……その小僧なら、何か知ってるってわけか」


――突然。

 ギムトロスが地面に刺さったままだった手槍を抜き取り、バーツへと襲い掛かった。 


 間一髪で避けたバーツは、そのままギムトロスの懐に飛び込み、その振り下ろされる腕を掴んで、肘を制した。

 ギムトロスは老人とは思えぬほど力が強く、しばしバーツと組み合ったまま両者はその動きを止めた。

 アーカンスは腰に帯びた剣に手を伸ばした。


「――下がれっ!」

 バーツが部下たちに一喝する。

「お前ら手を出すなよ、そのまま竜を下げろっ!」

「し、しかし……!」

 命じられたアーカンスは判断に窮し、表情を歪めつつもなんとか足を引いて数歩下がる。部下たちを促して後ろに下げさせたが、何かあれば自分だけは飛び出せるよう片手を剣に置いて、前に踏みとどまる。


「冷静になれよ、この人数だぜ?」

 組み合ったままバーツが小声でギムトロスを説得する。

 しかしその手は緩まない。

「あの子は何も知らんっ。教えてはならんのだ!」

 どちらからともなく、跳ね飛ばすように離れる。


「……わけあり、か」

 一瞬の思案顔の後、バーツの表情に子供のような笑みが浮かんだ。

「面白ぇ。なら、こうしようぜ」


 イシュマイルを真っ直ぐに指差す。

「そこのボーヤ、レンジャーを名乗るなら俺に挑んできな。一発でも当てたら退いてやるよ」

 唐突な言葉にイシュマイルはじめ、その場の一同が驚きの表情で動きを止めた。


「その代わり、俺が勝ったら話の出来る奴に会わせな。聞いたことは俺の腹の中だけに収める。それならいいだろ?」

 得意そうな笑顔で話を進めていく。

 バーツはしばしばこうやって、相手を自分のペースに巻き込むのを得意としていた。


 そしてイシュマイルの前で両手をゆっくりと広げて見せた。

「こう見えても俺もガーディアンだ。まぐれでも当たったら自慢していいぜ」


 ギムトロスが眼を瞠った。

(ガーディアン!)

 聞き覚えのある言葉ではあったが、実物を前にするのは初めてのこと。いや、過去にはあったのだろうがそれとは知らなかった。


 一方バーツの部下たちは互いに顔を見合わせて困惑し、アーカンスは呆れたように視線を外した。相変わらずの唐突な行動に「敵わない」と痛感する。

 諸々のことがアーカンスの頭をよぎり、彼は諦めたように剣から手を離した。


 ただ一人、言葉の意味がわからないのはイシュマイルである。

「な、何言ってるんだよ。ガーディアンって……?」

 口ごもりながらも言い返そうとするイシュマイルに、横からギムトロスが言い放った。

「イシュマイル、やりなさい」

 そしてバーツへと視線を戻す。

「どうやら俺の出番ではないらしい。バーツ殿が勝ったなら村長の所まで案内しよう。今の俺の口からは話せないのでな」


 混乱しているのか、慌てた様子で言葉に詰まるイシュマイルを捨て置いて、アーカンスが野営道具の中から手頃な棒を用意した。バーツと、そしてイシュマイルに投げて渡す。

「決まりだな」

 受け取った棒を片手で軽々と回してバーツが笑う。


「決まりって……。ね、ねぇ! ギムトロス!」

 悲鳴のような抗議をする少年に、ギムトロスは師匠の顔で言葉をつなぐ。

「構えよ、イシュマイル。この程度のことでうろたえてどうする」

 正面に棒を構えてバーツが続く。

「木の棒なら大して怪我はしねぇよ、ボーヤ」

「ボーヤじゃないっ!」


 むっとして言い返すイシュマイルに、ギムトロスが神妙な面持ちで言った。

「……イシュマイル。一人前のレンジャーになれ、レムのために」

「!」


「……レム」

 久しく聞いていなかった名前に、イシュマイルがはっと息を呑む。

 それまでの子供のようだった顔つきがみるみる変わり、バーツの前で静かに構えを取った。

「なるほど……レム、か」

 合点がいった様子でバーツが笑みを浮かべる。

「なぁ。そのレムって奴の話も後で聞かせてくれよ。ボーヤの知ってる範囲でいい」

「……」

 イシュマイルは、今度は言い返さなかった。


 膝を開いて腰を落とし、構えの姿勢を取る様は板についていて、少年が普段から闘うことを役目としていることが見て取れた。


 一方のバーツは口元には笑みを残しつつも、僅かに違和感を覚えて目を細めた。そして構えていた手を下ろした。

バーツは全く無防備な自然体のまま、イシュマイルに向かって大股に歩き出した。


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