四ノ七、再会
ドロワの街は騒然としていた。
ファーナム第三騎士団が臨時に駐留した他、直後にドヴァン砦から解放された人々が次々に街に入った為、宿泊所は瞬く間に満杯となり施療院も人手を掻き集めて対応に追われた。
ファーナム騎士団は一般市民の支援を優先して、旧市街に移動した。
ドロワの聖殿から少し離れた丘の近くに、かつて使われていた神学校や図書館の跡地がある。
ファーナム騎士団は仮設の寄宿舎を設営しそこに短期間留まり、遊撃隊は拠点は寄宿舎に残しつつも日中は殆ど他の隊の応援に借り出されていた。
イシュマイルはアリステラ騎士団の騎士らと共にドロワに戻り、遊撃隊員らに歓迎を受けたが、アーカンスとバーツは不在だった。
「隊長たちは施療院だ。ドロワ聖殿の中にある」
場所の詳細を周囲に尋ね、負傷したバーツを探してイシュマイルは外に出た。
街中は以前にも増して人々が忙しく出入りしており、それらを相手に屋台が立つなど以前と違う雰囲気がある。
にわかに治安も悪くなり、街中の警備のためにドロワ第一騎士団が表に出ていた。街角のいたるところに、白い軍装を纏った華やかな騎士が警邏している。
イシュマイルは、警邏の目から逃げるようにして旧市街へと向かった。
施療院は聖殿の一部であり学び舎とも接していて、広い中庭から放射状に棟が延びる古い作りは入り組んでいて歩き慣れない。
イシュマイルはあちこち歩き回った末に、ようやくバーツのいる個室を見つけた。
バーツは未だベッドに張り付いていたが、その様子は健康そうに見える。
「……みっともねぇトコ、見せたなぁ」
バーツはそういって苦笑いするだけだ。
アーカンスはここにはおらず、イシュマイルはしばしバーツと話をしていた。
「うん。びっくりしたけど、安心したよ。怪我じゃないんだね」
「こっちのセリフだぜ。よくあれで生きてたもんだ」
イシュマイルの全く変わりない様子に、バーツは安心したか張り詰めていた気分を和らげた。
バーツが居るのは白い壁の簡素な部屋で、扉側と窓側の二部屋が繋がった縦に長い個室だ。 この宿舎は元は寮として使われていた為か、建具なども簡素なものだ。
イシュマイルは砦でのことはあまり話さずにおいた。
「アイスって人が治療してくれたんだってさ。その人と途中まで同じ竜馬車で来たんだよ」
「あー……アレか。そういやレミオールで祭祀官やってたっけな」
バーツは頷くが、その口調はどこか煩わしい相手を思い出したかのようだ。
そしてバーツは問う。
「会えたのか?」と短く訊いた。
レムに、とは口にしなかったがイシュマイルは静かに首を横に振る。
「僕が会ったのはアイスさんと、あとはライオネルって人」
バーツはほう、と声を上げる。
「どんな奴だ」
イシュマイルは少し考えて、また首を振った。
「わかんないよ、短い時間だったし」
いつだったかの情報を売る老婆の話しでは、ライオネルは「力はないが頭だけはいい」という噂だった。直接本人を見た今でも、それが合っているのかどうかわからない。
「……なぁ、イシュマイル」
バーツはまだ気だるそうに言葉少なかったが、しばらくして口を開いた。
「二度とあんなマネすんなよ? いつもいつも運がつくとは限らねぇ」
イシュマイルは困ったように笑って答える。
「考えなしにやったから覚えてないよ。それに、今の言葉はそっくりバーツに返すね」
「てめぇ……」
バーツはようやく笑って、イシュマイルを指差した。
しばらくしてイシュマイルは、窓側の部屋に飲み物を取りに席を立った。
奥の部屋はバーツの居るベッドからは柱とカーテンで遮られて見えない。今は患者の為に備付の道具が置いてあり、イシュマイルはカップを探して手間取っていた。
そこへ、誰かがバーツの見舞いに訪れた。
その人物はノックを手荒くすると返事を待たずに扉を開いた。
「バーツ、起きておるか?」
顔を出したのはファーナム第三騎士団の団長ジグラッド・コルネスだった。傷めた片腕を包帯で吊って、顔にもかすり傷の跡が残っていた。
「ジグラッド! もう歩き回っていいのか?」
「ふん! 貴様と違って頑健に出来ておるからの!」
ジグラッドは豪快に言うと、片手で椅子を引き寄せ、それに腰を下ろした。
イシュマイルはまだ隣の部屋にいたが、二人が旧知な様子を見て顔を出すのを控えた。けれどジグラッドの声は大きく、その会話は聞くつもりがなくても耳に入る。
バーツは多少気が紛れたのか、いつもの口調に戻りつつ言う。
「よく言うぜ。……自慢の髭が燃やされなくて良かったな? 団長さんよ」
ジグラッドは得意そうに片手で髭を撫で、笑っている。
「口惜しかったらまた伸ばしてみるがいい。貴様との勝負にはなんであれ、負けんよ」
言われたバーツは、挑発気味にふん、と鼻で笑う。
「今度の戦ばかりは散々よ」
ジグラッドは他人事のように豪快に笑った。
「あれほど短時間で片を付けられた戦はないわ。議会の連中も慌てることだろうな」
その敗戦の責任は多くがジグラッドが負う事になるだろうが、今のジグラッドはそれを怯える様子はなかった。
「わしが思うに」
ジグラッドはバーツを指差した。
「あ奴らにとって、お前さんは脅威だったんだろうな」
「……俺かよ」
バーツは苦笑いする。
「加えて今回はドロワの騎士団も出てきた。大人数で当たれば破れるという発想だろうが、かえって敵に本腰を入れさせたのだろうよ」
ジグラッドは背凭れに体を逸らしていう。
「レアム・レアドがあれほど前に出てくる戦は今までなかった。焦っていたのやも知れんな」
バーツは声を落として訊く。
「……もしかしたら、押せば抜けてたかも?」
「どうだかのぅ」
ジグラッドは断定を避け、バーツも考える仕草をする。
「俺も、一つ気になってたことがある」
「なんじゃ」
「レアム・レアドのあの術……雷光槍が雷を呼んだというより、雷を逆に利用したって風に見えたな」
「うむ?」
「妙だとは思ってたんだ。あれだけの大魔力を連発して、なんで平然としてるのかってな」
術のことなどはわからないジグラッドは、不思議そうな顔をするだけだ。
「そういうものなのか?」
バーツは相手が理解していないのは承知で続ける。
「実は俺もなんだよ。普段より自在に術が操れた。……まぁ、結果的には負けたけどよ。あの雷雲といい、どうも普通じゃねぇ」
バーツはあの場で見た、異様な魔方陣を思い出していた。
そして付け足す。
「あの砦には、他にも何か仕掛けがしてあるのかもな……」
ジグラッドはまるでわからない、という風に肩を竦める。
一人や二人の力で、戦況がどうにかなってしまう戦など、ジグラッドの範疇ではなかった。
まして『魔法』など。