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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十八ノ六、炎

「あなたが……カロンか」

 タナトスが目の前に座るカロンを見上げて問う。

 床に腰を下ろしていてもこの高さである。立ち上がれば、洞穴の天井に頭が届くのではとすら思う。

『いかにも』

 カロンは紳士的な仕草で頭を下げ、目元に笑みを作って見せる。


 頭部は龍族のような長い頭、体は巨人、その肌にはくっきりと鱗がありその上にゆったりした布地のローブを纏っている。


『いつもであれば我は人族に姿は見せぬ。ただ……そなたらは少し他の客人と違うようだ』

 客人、その言葉の裏にうわさに聞く案内人の姿が過る。

「では――いつも、貴方はここに?」

 タナトスの問いに、カロンは少し頭を傾げる。


『そうだな……これが我の与えられた役目。役目のない時にもここに居るのは……我には暮らしやすいからだ』

 そう言ってカロンは辺りを見回すが、タナトスらには暗すぎて何も見えては来ない。

「貴方の眷属もここに?」

『いいや……元はもっと北に居た。ここにいるのは我だけだ』


『我は……他と比べると、人族と話すのが好きでな……』

 カロンはそう説明すると、また人間のように笑う。

 タナトスとライオネルは、どう反応したものかと顔を見合わせる。


『あの飛竜族に会うたのだろう?』

「えぇ。彼にここへの道のりを――」

『いつもなら……その役目はキメラたちなのだが……』

 その言葉に、少なからず驚く二人である。

『……あの小さき者たちは……友好的な人族とのみ接し、この抜け道とやらを守っている……地下帝国から地下帝国へ……神殿から神殿へ』


「……」

 ライオネルは無言でタナトスを見る。

 やはり抜け道や案内人の噂は真実で、それがこのルートなのだろう。

 ただその目的は密入国などではなく、かつては聖地と聖地を結ぶ巡礼路の一つであったろうと思われた。


「だから……聖碑文があり、星座図があり……」

 かつての地下帝国の遺跡を歩きながら、学ぶための――。


『やはり面白い……そなたらは』

 カロンが言う。

『ここに人が来ることは時折あるが……みな船に乗ることしか興味がない。だから我は姿を

見せぬし言葉も交わさぬ……しかし、そなたらとあの年老いた飛竜は違った……』


「老飛竜が?」

 問うたのはライオネルである。

 あの老飛竜も他の飛竜族とは少し違っている。まして老飛竜と龍頭亜人が何を話すかなど、ライオネルは少なからず興味があった。


 カロンはというとライオネルに頷きを返したが、その内容は老飛竜という個体についてではない。


『お前たちが六肢と呼ぶ竜族は……他よりもお前たちに似ている。血が繋がっているはずの我らよりも、お前たちはあちらに近い……』

 龍族よりも竜族に人は似ている、とカロンは言う。


『大陸の始まりより永き時を相争いながら……共に生きる事も出来る。それがお前たちだ』

 絶え間なく攻めてくる六肢竜族との戦い。

 その一方で、竜族との共存で成り立つ人々の生活――。

『お前たちは常に抗う……』


『常に怒り、逆らい、逃げ惑う弱き肉を持ちながら、それ故に強かだ』

 カロンは言う。

『うつろうもの……変わっていくもの……ピュリカなるもの』

 ピュリカ、儚き者たちへの賛美である。



――カロンは、一通り話すと口を閉ざした。

 狭い石床の上で器用に体を捩って松明の一つを取る。

 松明は巨人建築に合わせてその柄も長く、軽くライオネルの身長を超える。


 カロンはそれを二人に当たらないようにそっと石床の上に立てた。

「……」

 目の前に差し出された明るい炎に、タナトスもライオネルも自然とそちらを見る。

 炎は少しばかり揺れて、ふぅっと消えた。


 しばし暗闇になる。


 気付くと、先ほどよりは低い位置に小さい火が揺れている。

 それは松明ではなく、誰かの手が掲げているカンテラの火だった。

――手。

 目の前にフード姿の人影がある。


 巧みな、視線の誘導である。

 巨大なカロンの姿はどこにも見えなくなり、ローブ姿の男が目の前に居た。

「……これは」

 幻術。

 タナトスはもちろん、ライオネルにもそれは理解出来た。


「カロン、か?」

 目の前のローブの男に、タナトスが再度訊ねる。

 ローブの男は大きく頷いた。

「そうだ……いつもはこの姿で……船を操る。これなら、恐ろしくはないだろう?」

 その声は人と同じく口唇を動かして発する、男の声だ。


「ともかくも、船を出そう。揺れるから座ってくれ」

 そう言ってカロンはカンテラを足元の椅子に置いた。


 火を目で追うようにして下を見た二人は、今立っている足元が木製の船に変わっているに驚く。

 形状はゴンドラのように腰掛ける板があり、大きさは三人が乗るには広く、カロンはその舳先に立っている。


「……すごいね、これも幻術か」

 得意なはずの幻術で驚かされ、タナトスは苦笑いで言う。

 石床と船、どちらが実物なのかは今もってわからずにいる。


 カロンは今度は声を立てず、唇を歪ませて笑う。

 フードの下の顔立ちは良く見えないものの、カンテラの灯りで口元だけで笑っている様が見て取れる。

 ノア族、おそらくはノルド・ノア族の姿を借りているらしいのは伺えた。


 こういう時、ノルド・ノア族というのは隠れ蓑にされやすい傾向にある。

 クロオーの変装したロア然り、タナトスも今はノルド・ノア族の姿である。


 タナトスとライオネルが腰を下ろしたのを確認すると、カロンは慣れた様子で櫂を動かす。

 石壁を突くと船はゆっくりと水の流れに乗って動き出した。


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