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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十八ノ四、神々の模倣

「……それで良い。ライオネル」

 タナトスは言う。

「その臆病さが……お前の賢いところだな」


「お前は自分の感覚を信じろ。カーマインを信頼し、僕を警戒する――それが正しい。生き延びるための道としては、な……」

「……」

 タナトスはライオネルの心を読んだらしいが、否定せず咎めるでもなく、ただ言い聞かせる。


「なぁに、最も効果的なタイミングで使ってやるから。必ず……お前たちの援けとなる」

――使う?

 ライオネルは多少の混乱もあって、言葉を返せずにいる。

 アヌ・ウム・イドのことを指していると受け取ったが、問いを返すことには逡巡した。


 タナトスは笑みを収めると、前方に意識を向けカロンへの道を見る。

「安心しろよ、ここでお前と争う理由はない。僕も外に出たいからな」


 ふと、暗闇の中に揺らめく色を見つけて息を飲む。


 老飛竜が指し示した地底の川、その音やかすかな水の匂いが五感に届くほどに近くまで辿り着いていた。

「部屋がある」

 タナトスが灯りで前方を指示した。


 回廊の途切れた先に広間があり、切り石で整えられた場所だとわかる。

 柱に幾つかの金属製の松明掛けが設えられていて、油の燃える匂いと共に炎が揺れている。


「……松明?」

 何者かが此処に訪れ、仕掛けた物。

「カロンとやらの仕業かな、老飛竜と違って」

 タナトスはそう言って周囲を見回した。


 ライオネルは手にしていた灯りを改めて見る。

 キメラ達も使っていたもので、形は丸く密閉されたガラス質の容器。中身は液体で、揺らすなどの刺激を与えると緑色の柔らかな光を放つ。

 多少の重さはあるものの、持ち手の形状などが洗練されていて不自由を感じさせない物だった。


 それに比べると 壁に掛けられている松明は油と布、昔ながらの造りで洞内に流れる風で炎が不安定に揺れている。

(松明……火、か)

 タナトスの向こうに見えた炎の色がアヌ・ウム・イドを彷彿とさせ、今はそれを振り払おうと頭を振る。アヌ・ウム・イドは炎の化身のような姿だと言い伝わる。

 だとしたら彼の者もまた龍王炎羅の眷属なのだろう。


「巨人建築、か」

 松明の柄は大げさに長い気もするが、周囲の柱やアーチの大きさを見れば妥当な大きさにも見えた。

「龍頭亜人の偉業だけれど……ここにはあまりエルシオンの面影は無いな」

 美しい巨石の設えではあるが、技術的な遺物は見当たらない。


「ライオネル、ここにも星座図があるぞ」

 タナトスが声を掛けた。

 タナトスはアーチ状の造形物の内側に居て、柱を指さしている。アーチは逆さのU字型の巨石であり、それが幾つも連なってゲートのように一方向に続いてる。


 アーチ連の先には水場が見え、そこが目的の船着き場であろうと思われた。


 星座はアーチを支える一対の柱、その両方の内側にこれも対として彫られていた。

 深く掘られた点とそれを繋ぐ線刻が描き込まれている。


「星座……? だがエルシオン十二宮には見えないが」

「そうだな。なら、龍暦の十七星座か?」

「それも違うようだが……」

 アーチは見える範囲で十二本。

 ライオネルは自らの感覚がざわつくのを覚えた。


「……いや、兄上。これも多分、エルシオン神話だ」

「うん?」

 タナトスは促すように振り向く。

「実はカロンという名前、覚えがある」

「そうなのか?」

 タナトスの問いかけに、ライオネルは問いを返す。

「兄上は『古き神々』というものを知っているか?」

「……古き?」

 タナトスは素直に首を横に振る。


「エルシオン神話は読み解くのが難しいとされるが、その最も古い部分。つまり創世の時代の章では、彼らの故郷を仄めかす箇所がある」

「……ほう、故郷か」

 石舟伝承などでは漠然と暗い海の向こうとしか語られていない。


「彼ら――エルシオンの民は、その地で独自に神々を持っていたらしい。エルシオンとは全く別系統の神たちで、この部分はエルシオン神話とは分けて分類し『古き神々の物語』とするんだが、この二つは所々でよく似ている」

 古き神々。

 世界観や登場する神の名など大枠は全く違うのだが、部分的に同じものがある。

「これを『神々の模倣』と言うんだ」


「……模倣。つまりエルシオンの民は、彼らの神々を真似ていると?」

「そうではないか、という程度には」

 強く肯定する者はいないが、解読の際のヒントにはなる。

「エルシオンの民は、とかく二度繰り返すことを好む」


 ライオネルは、目の前の星座図に手を置いて言う。

「これもそうだ。十二の星座が二つずつ……」

 ゲートのように連なるアーチは十二基。

 逆U字のアーチを支える柱は、二本ずつ。


「ふぅん……この星座図が古き神々の世界にもあるのなら、エルシオン神話が十二を神聖視するのも頷ける」

 タイレス族の暦は十二の繰り返しから成る。

 一年に十二の月を二度繰り返し、毎日十二の時間を二度繰り返す。

「もう一つが、月だ」


 エルシオン神話では、月はアユラ――霊迷宮である。

「アユラを冥界――死者の地としながらも、暦に(アユラ)を入れて日々を数える……これが天機人の死生観なのかも知れないが、エルシオンと死を繋げるのも、神話」

「……死?」

 タナトスはその単語に反応する。


 ライオネルは上を指さしつつ、いう。

「古き神々を語る物語に、同じ『エリュシオン』という場所がある。そこは神々の死後の国だという」

「神々の?」

 つまり古き神々には死の概念がある。

「えぇ。兄上は、エルシオンは何処にあると思われる?」

 伝承では、天盤宮エルシオンは太陽の中にあると言う。

 太陽は栄光なる光の塊。

 その中に人智の及ばぬ建造物があり、そこに楽園のような場所があるという。


「……さぁな。だが、もう少し現実的な場所にあるとは思うが」

 タナトスははぐらかす口調ながら、ライオネルが言わんとしている事にはうっすらと気付いている。

 ライオネルも口にはしないが、頷いて言う。

「天機人は、彼らの神々に倣って自らの住む地をエルシオンと名付けたのかも知れない……」

 これもまた、神々の模倣である。


「なら、エルシオンの民の故郷についてはどんな風に?」

 タナトスは古き神々についてさらに問う。

「おそらく、それにも月が関連しているかと」


 この世界には、月は二つあるとされる。

「一つはアユラ、死者の眠る地。もう一つが『速駆けの月』……」

 タナトスが頷く。

「聞いたことはある。日に二度、天空を駆け抜けるとされる小さな月のことだな」

 こちらの月はこの大陸からは確認できず、言い伝わるだけのものだ。


 タナトスは愉しむ口調で柱に彫り込まれた星座図を見上げて言う。

「なるほど。では、エルシオンの民は二つ目の月が見える場所から来た……のかな」

 暦や時間を二度繰り返すのも、月が二度現れる事象を表しているのかも知れない。


 ライオネルはその横顔を見ていたが、意を決したように言葉を吐いた。

「――もしくは……まるで別の、天地の理すら違う場所から」


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