三十八ノ二、威嚇
一足先に大空洞を後にしたタナトス。
こちら側も通路であるらしく、床はいくらか整っている。巨人建築の空間が続いていて、空気が通り抜けていくのを感じた。
ライオネルが追いついてきた。
「……兄上」
話し掛けるより先に、通路の異変に気付く。
吸い込まれそうな暗闇の中に、幾つもの緑色の光が見える。
光は二つずつ、時に三つが一揃いとなって闇に浮かんでいる。
(目――飛竜族か)
ライオネルらが手にしている灯りを照り返してか、飛竜族たちの瞳だけが確認出来る。
「……なるほど。飛竜族の巣のド真ん中だったか」
「道理でここまでの道のり、他の生き物がいないはずだ。キメラたちも」
ライオネルたちが此処まで無事に来られたのは、老飛竜の存在と彼の言う与えられた役目のためだろうと思われた。
「兄上、彼らの機嫌を損ねないうちに退散しよう」
ライオネルは数度話し掛けたが、タナトスはその間ずっと黙って立っている。
さらに促そうとその横顔を見た時、タナトスの口元に笑みが浮かんでいるのが見て取れた。
「兄上……」
何故か気圧される感覚があり、ライオネルが一歩下がったのと同じくして暗闇の中の飛竜たちもざわめいた。
目を反らしたのか幾つかの光が消え、奥の方で逃げ去る音がする。
(威圧――された? しかし、なぜ)
今、この場で飛竜相手に敵対行動など必要ない。
ライオネルも次の展開が読めずに数歩下がるのみだ。
しかし。
「ふん」
鼻で嗤ったのはタナトスである。
何事もなかったかのように振り返り、ライオネルの顔を見る。
「どうした。今はともかく、カロンだろう?」
「……えぇ、まぁ」
ライオネルは、違和感を覚えながらも大人しく従う。
ライオネルたちは灯りを手に、遺跡の長い回廊を進む。
先ほどまでと違い、少しずつだが湿気が強くなり暗闇も増して全身が圧迫される感覚がある。
人の手で整えられた洞穴とはいえ、地下深くに居ることを実感する不快感である。
(――先ほどの兄上の貌……)
環境もあって、嫌な感覚が頭から離れない。
(あれは……そうだ、いつもの)
いつもの、宮殿などで時折見るタナトスの表情である。
どちらかと言えば見慣れた兄の姿であり、碑石の前で談笑していたタナトスの方が珍しくもあった。
ただ、どちらのタナトスが好感をもって親しめるかと言えば――。
「そういえば、兄上」
気晴らしの会話でもするかのように、ライオネルが切出す。
「今更ではあるが確かめておきたいことが」
「うん? なんだ、ライオネル?」
周囲を窺っていたらしいタナトスが、気さくな態度に戻って応える。
「なぜ聖レミオール市国を手に入れようと決意された? その役目を私に与えたのも」
タナトスは意外そうな声音で足を止めた。
「……本当に今更だな。それをここで訊くか」
ライオネルも立ち止まり、互いに向けあう灯りで相手の表情が少しだけ窺えた。
ライオネルの瞳に、わずかに不信の色が窺える。
タナトスはそれを受けて、悪巧みを見抜いたように笑う。
「さては……何か考えがあるな? そのための確認だろう、ライオネル」
「いえ。あの飛竜と話していて、不意に思い出しただけです」
「なるほど? 飛竜族を使っての企みか。ドヴァン砦でのプランか」
「……」
タナトスは楽し気ですらある。
それがかえってライオネルの饒舌を奪った。
「まぁいいさ、僕に言いにくいことなら、今は聞かずにおくとしようか」
タナトスは前に向き直り、また歩き出した。
「――レミオール、か」
そう切出すタナトスの口調はどこか懐かし気でもある。
「そうだな……もっともな理由は、帝国内に暮らすタイレス族の安全の確保。これにはノア族も含まれる。だからお前が適任だった――それが建前かな」
「では、本音は?」
「近いうちに国土はまた荒れるからさ」
「……ぇえ?」
すでにノルド・ブロス帝国内は悲惨の一途である。
これ以上となると戦禍であるか、疫病であるか――。
「それは、どちらの意味で? かつてのレヒトの大災厄のように?」
それとも、と問いを重ねる前にタナトスが言う。
「いずれ……龍人族が大地に満ちる時が来るからさ」
「それは」
タナトスは言う。
「未だに『レヒトの大災厄』は続いている、と……そう考える者もいる。国土が荒れるほどに魔素は満ち、龍族は繁栄する。当然、その眷属たる龍人族の力も増すだろう」
意味はわかるが、釈然としないライオネルである。
「けれどそれは……かつての三賢龍時代に似ているのでは? 伝承にある龍頭亜人のように、龍人族も――」
「どうだかな。今の宮殿の様子を見ていると……」
かつて融和し共存していた人族は、帝国内ですら亀裂が目に見えている。
「もとより龍頭亜人も、龍人族も、とうに絶滅していたはずなんだ」
「我々はその龍人族から分派した三つの人族の一つ、ノルド族。その役目はとても……流動的だ」
「……どういう意味です? 兄上」
「レアムを、信用するなよ? ライオネル」
タナトスは念を押すかのように繰り返した。