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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十八ノ一、子や孫や

第四部 諸国巡り・弐

三十八、神々の模倣

 ライオネルは言う。

「正碑文『太陽の光、そのひら』には『繭』なるものについての記述がある」


 この碑文は太陽を擬人化した主神を軸に、その九人の子供や孫たち、エルシオンの者と思われる存在などを、詩や寓話などの形で語るものだ。


『その種の者たちは繭の中で永き時を眠る』

 ここで言う種とは種類種族の意味ではなくタネ、植物などに見られるシードを指す。タネが繭の中で眠る、という時点ですでに意味が通らない。


「その繭と同じものが、エルシオンにも在ると云われる。つまりはエルシオンの民の寝床――なんらかの装置のことだ。この部屋にあるのが本物なのかレプリカなのかはわからないが、エルシオンの遺跡であることは確かだ」

 卵型の巨石は年月と共に劣化したのか、異様に形が整っている以外は天然の石のように見える。

「じゃあ……やはりエルシオンの民が一度はここに居たんだな」

「だが結局放棄した……辛うじて機能は生きているが、そこまでだ」


 繭とは生命の揺り籠であり、寝床であり、それを守るガーディアンが居る。

 その守護者たちはシィと呼ばれる。

 名ではなく三番目の古文字のことだという。


『……面白い』

 再び老いた飛竜がインタープリター越しに話し掛ける。

 この部屋の機能をある程度は理解しているらしく、道具として巧みに使いこなしている。かつては一族の巣をここに置き、繁殖期には繭に卵を産み付けたり、幼竜のために部屋を暖めたりもした。


 本来の六肢竜族には見られない行動だが、知能の高い飛竜族はエルシオンの技術にすら適応している。今も、エルシオン神話という物語、概念について語るライオネルたちの会話を聞き、理解し、愉しんですらいる。


「それで、だ」

 ライオネルは改めて飛竜に向き直った。

「貴方がこちらと会話ができるカラクリはわかった。それで――そちらの望みを聞いておきたい。こちらが得られるものも」

 これは取引である。


『……ひとまずは……命を保障しよう。ほかには?』

「この大洞窟からの脱出。生きて地上に戻らなければ、役目は果たせない」

 ライオネルは多めに提示したが、飛竜はそれをあっさりと受け入れた。

『良いだろう……わたしとしても用は地表にある』


 飛竜は続けた。

『わたしには……自慢の息子がいてな……』

 その一言でライオネルは察し、それを見たタナトスも思い至る。

「息子……それが今の、群れの長か?」

『そうだ……お前たちは随分と多くの同胞と共にあるらしい……彼らに興味がある』

 飛竜は飛竜騎兵とアルヘイト家についても知っている。


「いいだろう、それなら当てがある」

 ライオネルも即答した。

 タナトスが横から訊ねる。

「……当て? カーマインを通さずにか?」

「えぇ。ドヴァン砦にも飛竜族はいます。彼が望むような個体もね」

「?」


 この時のタナトスは、ライオネルの思惑がわからなかった。

 老飛竜の望みとは雌の飛竜族――つまり彼は息子のつがいの相手を探している。

 それ自体は容易い頼みではあったが、ライオネルはもう少し踏み込んで考えていた。


 ともかくも。

『――成立だ』

 飛竜は満足した。


『では、抜け道について教えよう』

 飛竜は言う。

『河の渡し人に会うのだ……名はカロン……あとはその者に聞けば良い』


 カロン、それが名だと言う。

 抜け道については幾つも噂があるが、実現不可能と思うものに船を使う話がある。

「――河?」

 噂では船で一度外海に出て、外周りで国境を越えると聞く。

「しかし河など、どこに?」

『……知れたこと……地の国の河……。それがカロンの役目……』


 飛竜はその言葉を最後に、部屋の照明を落としてしまった。

 大空洞はまた元の暗闇に戻る。


「ちょ……まだ調べたいことが」

 抗議の声を上げたのはタナトスである。

 ライオネルは手にしていた灯りを付け直したが、まだ闇に慣れない目には頼りない。


 二人の前には飛竜がいるはずだが、全身の感覚はすでにカロンへと導かれていて、それ以外の情報はかき乱されるだけだった。

「……諦めよう。今は、そのカロンとやらだ」

 ライオネルも部屋の探索には未練があるが、今はここまでと切り替える。


「わかったよ。……で、その地の河とやらだが」

 タナトスも自分の手にある灯りで周囲を探る。

 不思議と、頭に水場のヴィジョンがよぎった。ほの暗い岩肌に囲まれた、地底湖のような景色である。

「……そうか。何も海面まで降りなくても水の流れはある、か……」


 ヴィジョンに意識を向けると、耳には届かないはずの水の音がある方向から聞こえてくる。タナトスはそれに従い、大空洞の壁に開いた隙間を見つけると外へと歩き出した。


 ライオネルは部屋を出る時に、もう一度振り向いて飛竜のいるだろう場所を見る。敬意を払う仕草を老飛竜に向けたのは、取引への礼だけではない。

 この先も飛竜族とは関わることになるからだ。


 老飛竜からの返答はなく息の音すら聞こえないが、闇の中に笑う二つの瞳を見た気がする。


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