三十七ノ十、シィのガーディアン
――ノルド・ブロス。
地下の洞窟。
タナトスとライオネルは、不思議な声に導かれる。
行く先はさらに暗くなっているが、手にした灯りも先ほどより光を失っているようだ。ライオネルが試みに数度振ってみると、灯りはまた明るさを取り戻した。
「……これは」
タナトスも周囲を見回す。
ずっと一直線に歩いてきたが、改めて照らしてみるとどの方向にも穴があり柱状の岩があり、足元は崩れていて正しい道など判別付かないような場所である。
けれど二人とも、進むべき方向を知っている。
「マユノアト、そう言っていたな」
「えぇ」
正解の通りに進むと、荒れた洞穴ながら足元に不自由はない。二人とも会話をはさみつつ、ごく普通の速度で歩くことが出来た。
「飛竜族に繭などという語彙があるものかな。何のことだと思う?」
「……さぁ。少なくとも、飛竜族に関するものでは聞いたことは」
ライオネルにしては歯切れの悪い返事である。
心当たりがないわけではなかった。
「それよりも、兄上」
憶測よりも、もう少し現実的な読みである。
「あの声によると、我々は呼ばれたという。恐らくは、あの聖碑文に。だとしたら……」
「だとしたら?」
「我々は、此処で野垂れ死ぬことはない」
「……」
タナトスは、ライオネルの顔を見る。
「ほう? 言い切ったな」
「えぇ」
「少なくとも我々は地上に戻り、目にしたものを誰かに伝えなければならない。そこが問題なわけで」
ライオネルはいつもの癖で眼鏡の弦を触っている。
地上に戻るのは二人なのか一人だけなのか等、色々な疑問もあるが――。
「だとしたら……あれはかなりの劇薬ですよ」
タナトスは暫しライオネルの顔を見ている。
「……確かにな」
簡単な作業ではないことはわかるし、様々に障壁があることも。
「まぁ、そこはお前に任せるよ。ライオネル」
タナトスはそれだけ答えた。
「ノルド・ノア族との問題もあるだろうし、キメラに飛竜、神代の文字とくれば、お前にしか扱えまい?」
「……兄上」
会話はそこで立ち消えとなった。
飛竜の待つ洞穴が近いと、二人とも察したからだ。
ライオネルはタナトスの言葉に多少の引っかかりを感じたが、すぐさま飛竜の相手に切り替える。
崩れた岩肌から急に開けて、大空洞に突き当たった。
白い部屋と同じく人工的な空間らしいが、ここは他よりも室温と湿度が高いようだ。
『――ようやく来たな。やはり、人の足は遅い』
先ほどの飛竜族の声が聞こえる。
改めて聞いても、やはり「声」だ。
タナトスが、タイレス族の言葉で話しかける。
「そこにいるのかな? 申し訳ないが、この暗さでは人族の目では貴方を見ることが出来ない」
すると、応えるように暗闇から飛竜族が喉を鳴らすのが聞こえた。耳慣れた音で、こちらに敵意がないとわかる。
今度はライオネルが同じ言葉で言う。
「訊ねたいことはいくつもあるが、まずは取引を受けよう。話をしてくれ」
前置きなく要点だけに絞るのは、六肢竜族の性質を知ってのことである。
飛竜は今度は唸ることもなく、不意に空間がぼんやりと明るくなった。なんとか全体を見渡せる程度の薄暗さだが、巨人建築と思われる遺跡の中であることはわかる。
崩れた床の中ほどに、一頭の飛竜が休んでいる。
土竜よりも長い首、細い頭部には特徴ある角、背には対の翼――飛竜族としては大きい個体ではあるが、年老いているようだ。
ライオネルが飛竜に対峙し、タナトスはその横で室内を窺う。
「……これが……繭?」
見れば壁に沿うようにして、長細い卵型の巨石が並んでいる。
巨石は卵型の丸い物もあれば、二つに切り分けられたような形状の物、崩れて形を留めていない物など様々である。
ただ元の配置は綺麗に並んでいたようで、幾つかの弧を描いていた。
『……これが何であるかは、お前たちの方が詳しいだろう。ガーディアン』
その呼びかけに、ライオネルもタナトスも表情を変える。
飛竜は言う。
『わたしは聞いたことしかない。この世で最も強いガーディアンは、繭を守る守護者であると』
『たしか……シィと呼ばれていたとか』
そう話す飛竜の声は、その巨体からではなく室内のどこかから響いている。
タナトスが問う。
「ここが、そのシィの守っていた場所?」
『わたしにはわからぬ……わたしの一族が来たころには、すでにこの有様だったと聞いている』
そして、くつろぐ様に前肢を組み直した。
『居心地が良いゆえ……寝床にしているだけだ……』
そして老いた飛竜は、人の真似をして笑って見せた。
ライオネルはその間にも、周囲を探っていたようだ。
眼鏡の弦を触っている。
「なるほど……さっきの白い部屋と同じく、ここもまだ生きているらしい。道理で貴方の言葉が聞き取れるわけだ」
飛竜は答えず、ライオネルはタナトスに言う。
「この部屋に仕込まれた機能はインタープリター。おそらくエルシオンや古代龍族を中心に複数の言語を持つ者達が此処に来ていた」
つまりは通訳、異なる言語間を音声によって会話の補助をする。此処で何かしらの話し合いや交流が為されていたのだろう。