三十七ノ九、逆さまの塔
幼い頃から通い慣れた治癒術の部屋は見知っていた。見習い祭祀官でもあったから、ある程度は内部の構造を理解していた。
だがどう考えても違和感はぬぐえない。
ここは何かがおかしい……。
何処に在り、どんな秘儀によって機能しているのか。
そんなことは知識の外だ。
ただ、ただ疑問。考え続けていた――。
「そう、その疑問だよ」
レコーダーは上機嫌でいる。
「私が幼子だったそなたに興味を惹かれた一番の理由、それがその探究心だ」
「そなたは幼い頃に気付いていたろう? エルシオン神話は矛盾に満ちていて、幼子だったそなたは周囲に何彼と質問したね?」
レコーダーの言う通りである。
父に、祖父に、祭祀官に、何かと疑問をぶつけては背徳的、不遜であると謗られた。
黙って飲み込んでしまえば楽に生きられると言われても、それで頷けるほどロナウズの育った環境は「普通」ではなかった。
レコーダーは言う。
「――例えば、だ。そなたら人の子が崇める十二聖殿は十二に足りない。……さて、地図にない幾つかの聖殿は何処にある?」
在る? そう唐突に尋ねられ、ロナウズは少し考えて室内を見回す。
「もしや……地下に在る……のか?」
今居るこの場所は地下であり、聖殿の機能を有しているという。
ならば、他の神殿跡にも有るのだろう。このような地下の構造が。
ロナウズは問いを返した。
「十二神殿は十二の塔だと教わった……地下にその機構があるのなら、上部の塔はどこに消えたと?」
「……消えてなどいない。最初から今までずっと其処にある。……それこそが天に在るデュオデキム十二宮とそれを地上に映す十二の塔だ」
「……」
ロナウズは、また黙り込んで考える。
そして簡単な答えに辿り着いた。
「そうか……十二神殿は『動かせない』のか。大地に打ち込まれた杭である故に」
「ならば、ここが……本物の九番目の塔だと?」
その通り、と笑うレコーダーである。
「十二神殿は天から放たれた杭……杭は頭を下に、この大地に穿たれたのだ。故に、重要な機構は全て地下にある――」
そして地下に埋められた十二神殿は、それぞれに古龍族の地下帝国とも繋がっていたという――。
「塔というのは、何も上にばかり伸びているものではない。『リバース・タワー』――これぞ見えざる真実」
レコーダーは床を、そして天井を指さして言う。
現在のアリステラ聖殿にあるのは、エルシオンと応答しお告げを受けることの出来る神託所のみが移されたものだ。塔の形をしており、礼拝所とは別に聖壇がある。
それは正方形と真円から成る。
同じような移設はハノーブとファーナム、ヴェイルとスドウなどがあり、塔が二つに分かれ名称すら変わってしまっても、それぞれが正常に稼働している限りエルシオン側に不具合はない。
むしろ、地下でひっそりと存続し続けることで守られてきた秘儀も多いのだろう。
「……」
ロナウズは、彼らしくなく呆然としている。
肉体的な疲労よりも、今は多すぎる情報の波に困憊している。
そしてその意味も。
「――それで、レコーダー……今の私に、そのような話を聞かせるのは?」
一通り話して満足したらしきレコーダーに対し、ロナウズは一番の懸念を訊ねる。
「今になってまた貴方が現れた理由はなんだ?」
レコーダーは答えず、笑みを浮かべただけだ。
「……」
「選ぶ時、か?」
覚悟はしていた。
ロナウズを助けてからここまで、レコーダーは話し過ぎている。
見せ過ぎてもいる。
ロナウズ自身、自分がどれほど危険な存在かを思い知ったばかりだ。
(――戻れないかも知れない)
日常というものに。
もっとも、そのようなものが自分にあったのかすら怪しいものだ……。
だが。
「時間が惜しくは無いのか、囚われの子よ」
神妙な面持ちのロナウズを、レコーダーは促す。
ロナウズが前を見ると、先程と同じ位置に祭祀官たちが立っている。どうやらレコーダーが話している間、ずっと同じ姿勢で待っていたようだ。
「私はアリステラの街が気に入っている。むざむざと破壊を見過ごしたくはないのだよ」
レコーダーはいつもの言葉を繰り返した。
「だからまずは治療だ。それから、アリステラの街を救いに行くとしよう。なに、この私が加勢してやろうというのだ」
「……」
ロナウズは驚いたようにレコーダーを見た。
「有り難い」
ひとまず、それだけを言った。
ロナウズの背を押して祭祀官らに引き渡しながら、レコーダーは言う。
「なぁに。そなたには重要な役目があり、何より捨て置くには惜しい逸材だ。アリステラの街ほどにな」
レコーダーの言葉には、幾重にも含みがあった。
だがロナウズが「今何を言われたのか?」とばかりに振り向いた時には、施術室の扉は閉まっていた。
(……役目? そう言ったか?)
意味はわからなかったが、ともかくも今は治療である。
やり方は知っている。
祈りの姿勢を取り、祭祀官の儀式を受けるだけだ。