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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十七ノ七、アミュレット

 ひとまずは。

 眼下の魔物は一掃したとはいえ、これが全てではない。

 レコーダーは行く手を阻む邪魔者を消しただけで、目的地に向かうのはこれからだ。


「そうだ、こいつをそなたに渡しておこう」

 レコーダーはそう言うとロナウズに向き直り、ポケットの一つから長い鎖のついた物を取り出した。

「……アミュレット?」

 首飾りのトップに護符を納める、典型的なお守りである。


 ロナウズはすでにラナドールから預かったオヴェス・ノア族のアミュレットを服の下で付けている。

 それに比べると、レコーダーのものは男性用なのか一回りほど大きく、チェーンも長い。


「なかなか古風で趣きがあるだろう。先日ドロワで買い求めた骨董品だ。そこにとある仕掛けを内臓させたものだ」

 差し出されるままに受け取ったロナウズだが、レコーダーの言う通りペンダント部分には何がしかの魔力を感じる。


「私がギミックを施して改造した逸品だ。聖殿の装置ほどではないが、多少は力を制御できよう」

「力の制御を? ……なぜ、このようなものを?」

「趣味だよ。出来の良い物は人に見せたくなるだろう?」

 レコーダーは自慢げである。


「私なりに……刻印と適合者については考えを纏めてみたのだ。その理論が正しければ、このギミックはそなたに効果がある」

「……」

「使い方を教えておこう。身につけているだけでもいいが、強くギミックを働かせる場合ここに当てて自分の名を唱える。発声せずとも良い」

 レコーダーは自分の喉仏より下、喉元を指さして言う。

「その辺りに、刻印がある」

 刻印。

 先ほどから何度もレコーダーが繰り返している単語だ。


 疑問はさておき、ロナウズは言われるまま素直にペンダント部分を当ててみる。

 そして思い出した。

「……そうか。術発動の触媒だったのか」

 そしてペンダント部分を握り込んで、祈りの形に両手を組む。

「聖殿で治療を受けていた頃、こうやって祈れと……」


 小さなアイコンを握ることもあれば、聖典を胸に抱くこともあった。祈りの姿勢で祭祀官による儀式――刻印を安定させる施術を受ける。

 いずれの場合も、刻印に近い部分にアイテムを近づけるよう指示されていたのだろう。


「そういうことだな。……やはりそなたは興味深い。大人しく従う裏で常にその理由を考える……面白い逸材だよ」

 ロナウズは返答の代わりに頷き、アミュレットを服の上から掛けた。

「さて……礼を言うにはまだ早い。そなたはこれよりは剣を振るうでないぞ。私が守ろう」


 レコーダーはそういうと、今度はロナウズの肩を掴んだ。

 そして次の瞬間にはもう眼下にあったはずの街路へと降りていた。


 ドロワにて、タナトスがイシュマイルの肩を掴んで屋根を飛んだのとは違い、レコーダーはまさに一瞬で移動した。

 ロナウズの感覚では景色が変わっただけで、足や体に衝撃があったわけではなく、移動したという自覚がない。平静を保ってはいるが言葉を失い、視線だけで周囲の状況を確認している。


 聖殿前の石畳はやはり凍り付いていた。

 水の彫像が魔物の生々しい姿のままで林立している。

「さて……」

 レコーダーは片手を上げると指をパチンと一つ鳴らす。

 それを合図に全ての氷が溶け、元の水へと戻って街路を流れアール湖に向かって落ちていく。


 レコーダーはその水の流れを追った。

「歩けるな? こちらに来い、囚われの子よ」

 レコーダーは街路の端へと寄って下を見下ろしている。


「もう少し水際まで降りたい。道はあるか?」

「えぇ。小道に沿って下れば、昔の埠頭が……。しかし、一体何を?」

 レコーダーはすぐには種を明かさない。

「……浄化だ、そう言ったであろう?」


 レコーダーはロナウズに道案内をさせ、アリステラ聖殿の脇から続く小道へと降りた。

 聖殿内に籠って防衛線を敷いていた人々が、外の異変を感じて扉を開いた頃には、すでに二人の姿は無い。


 レコーダーはかつての埠頭の先まで進んだ。

「なるほど。ここから聖殿の下部に荷を運んでいたのだな」


 古い時代には今のアリステラ港の反対側に運搬船を停泊させ、そこから直に小船で聖殿内まで乗り入れていたという。

 荷の重量を支えるため造り自体は今もしっかりと安定していて、石積みの基礎が煉瓦敷きの埠頭を支えている。


 レコーダーは湖面から、水の底を窺うように体を曲げた。

 人の目には見えないが、この辺りまで『禍牙』の毒が回っているらしく水底で蠢いている様子が見えている。


 ロナウズは少し遅れて埠頭に着いた。

 ロナウズは水面ではなく周囲を見回して状況を確認した。港の方角からはまだ煙が上がっている。


 次いで振り仰ぐように今歩いてきた聖殿側を見る。

 この高さから見上げると、アリステラ聖殿の中枢である塔、その下部が湖面まで届いているのがわかる。


 伝承によれば、塔の土台は水中の遥か深くまで続いているという。外側から見える範囲では、途中から天然の岩場に取り込まれているようだった。


 ともかくも、レコーダーはまたポケットの一つを探り、先ほどよりは小さい何かを取り出した。

「レコーダー、それは?」

 見た目には古めかしいコインに見える。

「……メダリオン?」

 レコーダーはロナウズに向かってメダルの裏表を見せるようにヒラヒラと手を動かす。


「これは、龍王の力の籠ったメダルだ。今そなたが身に着けているアミュレットはエルシオンの技術に拠るものだが、そのオリジナルと言っても良いだろう」

 そして説明もそこそこに、湖に向かって放り投げてしまった。


「これでよし」

 小さな塊が着水した音が聞こえただけだ。

 あとには何も起こらない。


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