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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十七ノ六、翠嵐弓

 内圧で弾け飛ぶかと思うほど体の制御が失われた。

「本来ならば、魂より先に刻印が消し飛ぶなど在ってはならんことだ」


 レコーダーはロナウズの首元、刻印に手を当てがったまま言う。


「人は肉に生まれ、灰となり土に還る……生き物だ。肉体は弱く脆いものだが、その巨大な霊性と記憶、数多の感情を閉じ込めておける無尽蔵な器でもある」


 記憶は人が生き続ける中で際限なく蓄積されていく高濃度の力である。

 そして感情とは、肉体の制限を超えてを共有され、時に距離も時間も超えるものだ。


「暴発は刻印が壊れ、器が持つ封じの力が消滅することで起こる。死者とは違い、生体に宿る諸々はまさに膨大なる力となる――それが無作為に放出されると……多くは大破壊をもたらし、その威力は月魔石などの比ではない」

「……」

 ロナウズはまだ虚ろな目でレコーダーの言葉を聞いている。

「……私が……それをもたらすところだった、と……?」

「そなたは『囚われの子』だからな……人一倍抱え込んでいたものも多いのだ」


 レコーダーはようやく掴んでいた手を離した。


 ロナウズもやっと体を自然な姿勢に戻したが、まだ立ち上がろうとはせず、自分の喉元に手をやって先ほどまで感じていた熱い塊を確かめていた。

「……私の命ばかりか、この街をも救ったと……」


「無論だ。私はこのアリステラの街が気に入っている」

 レコーダーはいつもの言葉を繰り返して笑う。

 ロナウズはそんなレコーダーを頼りなく見上げる。


 遠い日に見たレコーダーとの記憶が甦り、それは不思議と祖父の姿とも重なって見えた。長かったわだかまりが解けた気がする。


 レコーダーは言う。

「それに、だ。まだ完璧に救ったわけでない」

「――と、いうと……?」

「忘失相の龍人。あやつの置き土産の後始末をせねばな」


 ロナウズは今更のようにはっと思い出す。

 この混乱の大元はローゼライト・アルヘイトである。


「レコーダー。ローゼライトは? ……あのあと、どうなった」

「ん? あやつか。まぁ相変わらずの小僧よ。何も言わずに遁走したよ」


「……殺さなかったのか」

 愕然と声に出しレコーダーを見上げるも、当のレコーダーは平然と頷いて見せる。

「なに、もはや騒動の種にはならんよ。これ以上サドル・ムレスに於いて悪さはさせんと念押した故、害はない」

「それで信じるのか? あなたは……」

 ローゼライトに対しては、他より剣呑なロナウズである。


 レコーダーは笑いを収めて言う。

「そこが龍人族とタイレス族の差よ。……こと、約を違えるという一点に関しては、タイレス族の方が姑息というものだ」


「それに、あやつは私に大きな借りが出来た。これもあやつが私に逆らわぬ理由の一つ」

「借り……?」

「奴の身内を救ってやった。龍人族は恩には必ず報いるものだ……そういえば、その件に関しても礼の一つも無かったな……全くしょうのない小僧だ」

「……」

 レコーダーの弁に、まだ釈然としない表情のロナウズである。


「まぁよい。今更あやつを捕まえたところで、この騒ぎは収まらん。そうだろう? 囚われの子よ」

「……? では何を」

 レコーダーはいつかのように指で三を示して言う。

「急ぐべきことは三つ。港での爆発事故は人の子に任せるとして、水の浄化と……そなたの『暴発』を防ぐこと」

 ロナウズの変調はまだ治まってはいないという意味だ。


「まずは、時間のかかる『浄化』の方に取り掛かろう」

 レコーダーは敷地を囲う壁の向こう、アリステラ聖殿を顎で示した。


 レコーダーはロナウズから離れ、アーチ状に壁がくり抜かれた空間に立つと、眼下の様子を確認する。

 アリステラ聖殿が目視できた。

「ここからでは人の子らは見えんな。なるほど、あの数の魔物相手では扉を閉ざして守るのが正解だな」


 ロナウズは重い体を引きずるようにして立ち上がると、後を追う。

 まだ壁に手を付いて歩くのが精一杯という具合で、とても防衛戦に加勢出来る状態ではなかった。


「まぁ良い。ならば加減せずにここから撃っても構わんだろう」

 レコーダーはロナウズには構わず、空手で弓を番えるようなポーズを取る。

 以前、バーツもドヴァン砦攻めで同じように射る恰好をしてみせたが、あの時は雷光槍であり、今のレコーダーはそれとは違う術を行使する。


(この術は……先ほどの――)

 ロナウズの目の前で、レコーダーはからの矢を放つ。


 放たれた魔道の矢は空に飛び、花火が咲くかの如く上空で広がって、雨のようにアリステラ聖殿の前庭へと降り注いだ。


 その後は同じだ。

 無数に蠢いていた水の魔物はすべて凍り付いて氷の柱へと変じた。


 レコーダーがふと見ると、街路にも水際から上って来る魔物が見える。

 レコーダーは角度を変えてそちらにも術の矢を放つと、街路ごと凍ったのか魔物を乗せたまま石畳が白い光を照り返した。


「ふむ。まぁ一先ずはこんな所だろう」

 レコーダーはいつもと変わらぬ口調で言い、姿勢を戻す。


 ロナウズは、目を見張るようにしてこの光景を見下ろしている。驚くというには二度目のことだが、その術の範囲の広さは予想の上だった。

 高所からの矢、という優位性を差し引いても、この殲滅力である。


「今のは風凍の術だ。『翠嵐弓すいらんきゅう』と言う――」

 翠嵐。

 四大龍王の一柱、翠嵐の名を冠する風と氷を司る術である。


 レコーダーはこの翠嵐の術を得意とし、またドロワでイシュマイルが遭遇したタナトスも同じ術を使って龍晶石を氷漬けにした。

「一つ一つの威力は雷光槍に劣るが、こと広範囲、大量の敵に対峙するには実に使い勝手が良い」


 あれだけの魔物の動きを瞬時に封じていながら、レコーダーはまるで平然としている。

(……これが、魔人と呼ばれる者の力か)

 ロナウズは改めてレコーダーの顔を見た。


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