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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十七ノ四、声

「ならば……なおのこと、だな」

 タナトスは一息吐いて言う。


「お前も……腹を括れ、ライオネル。カーマインたちは本気だぞ」

 唐突な言葉に、ライオネルもはっと我に返る。


 先程の襲撃者たちは赤い髪の龍人族、カーマインを擁立しようとしている者達だろうことは明らかだった。

 それも明確な殺意をもって事を成そうとしている。

「腹を?」

 ライオネルは敢えて問い返す口調でいる。命を狙われたのはこれが初めてではない。

 その理由は様々だが。


 タナトスは言い聞かせる口調で言う。

「ドヴァン砦の守備隊長などと嘯いても、その実は南部を統括する立場だ。聖レミオール市国も、ボレアーもノルド・ノアも……」


 その範囲は三か国に跨る。

 帝国の南部都市ボレアー、ノルド・ノアの里、そして聖レミオール市国。

 加えてドロワ市もサドル・ノアも含めて、サドル・ムレス南部の広い範囲がライオネルの影響化である。


「お前の生死一つに、そこに住む全員の命も含まれているんだぞ」

「……」

 わかりきったことと知りつつも、言葉にされると重いものだ。


「なら……なおさら兄弟で争う必要はないのでは? ましてカーマインが先導しているはずもない。それに――」

 ライオネルは少し言い淀んだが、これだけはと口にする。

「それに、碌に会ったことも無かった我々ですらこうしている。カーマインだって……」

 今の率直な感想である。


 カーマインは二人のどちらとも分け隔てなく接し、弟として兄として帝国の重鎮としても均衡を失うことなどない。そうライオネルは信頼してきた。


 タナトスもその点では弟たちを認めている。

 だが。

「カーマインはともかく、その背後にいる者達さ」

 今更とも言うべきか。

「カーマインはあの性格だ。戦うことは出来ても、身内の暴走を抑えることは不得意だ。どうやったって止まりはしない……」


「お前や、僕の支えとなってた人々も同じさ。もう兄弟の意地の張り合いでは済まない事態なんだよ」

「……」

 ライオネルにもその意味はわかる。

 タナトスの意図もわかっている。


 兄弟の仲を裂こうというのではなく、共に生かそうとしている。三兄弟が生きれば、その背後の者たちもまた生き延びられるという簡単なことだ。

 それが長兄としての努めだとも。


「――だからこその兄弟だろう」

 ノルド族らしく普段は感情論など口にはしないが、敢えて言葉にするライオネルである。


「そうか……」

 タナトスはしばし沈黙し「そうだな」と頷いた。

 この話題はここまでとなったが、互いに胸の内に落ちたのは確かだ。



 二人はしばし沈黙したが、この碑石の部屋でこれ以上の探索もないと判断する。

 少し移動しようということになった。

「しかし、兄上」

 ライオネルが先に声を掛ける。


「ノアの里から随分離れてしまった……。外海側に居るのは確かだが、例の抜け道などあるものだろうか?」

「どうだかな」

 白い部屋から出ても白い岩肌は暫く続いた。

 そのうち天然の岩肌となり、また周囲は暗くなったが相変わらず何かの魔力を感じる。


「どうにも不自然だ。生き物の跡が無さすぎる」

 最後に見た生物と言えば、外海の岩場に張り付く燕竜である。

「生き物といえばキメラたちもだ。彼らがガーディアンであるなら、あの石碑の部屋にいてもおかしくはなかったのに」


 キメラたちは古い煉瓦道を使っていたようだが、その道はこちら側には繋がっていなかった。

 ライオネルは改めて考える。

「……ガーディアン、か。ノルド・ノア族がその役割かと思ったが、キメラたちも居る。しかし、我々はあっさりとあの部屋へと到達出来た。これは――」


――それは、お前たちが呼ばれたからだ。


 ライオネル、そしてタナトスは揃って身構えた。

 顔を見合わせ、互いに今の『声』を聞いたと確認し合う。


 しかし、声はその一度だけだ。


「……今のは」

 続く言葉を待ってしばしの間警戒していたが、その後は気配だけである。

「兄上は今の言葉、理解できたか?」

「あぁ。呼ばれたからとかなんとか。……お前はどう思う?」

「今のは、飛竜族の声だ」


 タナトスは首を傾げる。

 ライオネルは言語の専門家で六肢竜族たる飛竜族の言葉を聞き取ることが出来る。

 だがタナトスはそうではない。となれば、今の飛竜族の声はタナトスにも理解できる言葉を発して語り掛けてきたということになる。


 しかし本来、竜族というのは頭部の構造上、言葉というものを発することは出来ない。

 似た生物である四肢龍族は言葉に似せた音を鳴らして会話をすることが出来るが、竜族にはそのような行動は見られないものだ。


 コチラヘコイ。

 今度は言葉でなく、指示だけが体に伝わった。

 不思議と、その方向もタナトスたちにはわかる。


 その感覚は『渦』に近いが、六肢竜族が渦を使えるはずもない。

 タナトスとライオネルは頷き合うと、用心しつつそちらに歩き出す。


 コチラヘコイ。

 再び指示が来る。

 耳に聞こえる言葉ではないが、朧げなヴィジョンは伝わってくる。


 ヴィジョンでは、洞穴の奥で立派な飛竜族が休んでいる様子が伺える。

 自分からは動かず、二人を呼び寄せている。

 巣というより何かしらの遺跡のようだった。


 尚も誘導は続いている。

 コチラヘコイ。

 コチラヘ。


 マユノアトヘ。

 繭の跡へ。


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