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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十七ノ三、大いなる節目

 翠嵐宮、雷光宮、炎羅宮、水鏡宮。

 四つの龍王の居城は、時計回りに大陸の四方に在るという。


 サドル・ノアの村にある龍座が龍王宮だとすれば、該当するのは水を司る龍王、水鏡の宮――となる。

「……あれが水鏡の縄張りだとすれば、あの豊かな植生も納得がいく」


 サドル・ムレス都市連合の中でも特に南部は緑と実り豊かであり、ドヴァン砦から聖レミオール市国にかけては広い湿地帯ともなっている。

 聖レミオール市国近辺に湯治場など保養所が多い理由でもある。


「ふぅん……それは、意外だな」

 タナトスはサドル・ノアのことはさておき、ライオネルの言葉から予想する。

「つまりは、お前の遭遇した水鏡とやらは、怒りに囚われてはいなかったのだな?」

「怒り?」

 タナトスは返事の代わりに外、外海側の壁を指で指示した。


 外海は毒の嵐止まぬ凍える世界である。

「……あぁ、たしかに」

 ライオネルはぼんやりとした口調で返す。


 言い伝えでは、この外海の毒の大本は水鏡だと云われる。四大龍王のうち、もっとも温厚でかつ恐ろしいとされているのが水の龍王、水鏡である。

 水鏡が怒りで裏返る時、禍牙と呼ばれる異相となる。


「暴れれば濁流となり、淀めば毒となる。やがて世界を腐らせ、次の翠嵐の風がすべてを凍らせた――我々の前の世界は、そうやって閉じたらしいな」

 龍人族らに伝わる、古き世界の話である。


 ノルド・ノア族にも似た話がある。

 この世界の前にも世界はあり、毒によって滅んだとノア族の伝承は伝える。

 毒は翠嵐の風の時代にも残り続け、今も大陸の周囲で毒の嵐として外海への道を閉ざしている。


 この大陸だけが嵐に飲まれないのは、エルシオンの放った十二の杭が風の侵入を防いで来たからだと伝えられている。


「今は三番目の『炎羅』の時代。つまり……炎と鉄の時代」

 炎と鉄の時代に生き物は栄えるが、戦の炎に大地が焼かれ、鉄によって殺し合う。


「兄上は、今の世界もそうやって終ると思うか?」

 ライオネルは問い、タナトスは首を横に振る。

「正直信じてないが……今の泥沼の有様を見ていると、無いとも言えないね。大陸は今、ジェムの乱用で汚染されているとも言える」

「ジェムの……毒?」

「あるいはそれを見た龍王の怒り、か」


 ライオネルは言う。

「ノルド・ノア族の伝承では、この後の世界の予言もあるんだ。長期歴は一巡し再び水鏡の時代が来る。その時の水鏡の役割は……曰く、炎と鉄の戦の時代、これを鎮めるものは『水』――」

 水鏡の役割は、前回と真逆なのである。


「なるほど、炎羅の次はまた水鏡。地形と暦と伝承は、ここでも符号しているわけだ」

「では、その次の時代。水鏡はどちらだろう。再び大陸は毒に沈むのか、浄化の時を迎えるのか……」

「そうだなぁ」

 タナトスは少し考え、ぽつりと言う。

「案外その『次の時代』は近いのかもよ」


 それ以前の二つの世界、翠嵐と雷光の時代は永かった。

 今の炎羅の時代も、また長かった。

「もうすぐ、水鏡が目覚める時が来ると?」

「あぁ。カレンダーとしての大地の回転が止まってしまった今も、時は変わらず動いている」

 時代はかつてなく大きな節目を迎えるということでもある。


 とはいえ、タナトスもこれという根拠があったわけでもない。

 敢えて言うならそう肌で感じ、新しい世界の匂いを嗅いだ。


「僕よりお前の方がそう思ってるんじゃないのか? 水鏡に会ったのだろう?」

 タナトスは軽く尋ねたが、ライオネルにもその答えは出ない。

「まぁいいさ。お前が何も言付かってなくても、ローゼライトの方は何かあるだろう」

 タナトスは不意にその名を口にする。


「ローゼ、ライト……?」

 ライオネルは一瞬その名に疑問を持ち、すぐにそれが誰かを思い出す。

「あの叔父殿か。彼がなんと?」


 ライオネルは久しくローゼライトには会っていない。時折顔を合わせることがあっても、親族ではなく学者同士が顔を合わせ言葉を交わした、その程度だった。

 とはいえ気は合うようで印象は悪くない、そういう相手だった。

「叔父殿、ね……」

 タナトスはその距離感のある言い回しには苦笑いしたが、話を戻す。


「ローゼライトは今サドル・ムレスさ。お前の話が偶然でないなら、やつも翠嵐に呼ばれたのやもな」

「……まさか」

 ライオネルの驚きは、翠嵐よりもサドル・ムレスのことである。


 ライオネルは詳細に問い質そうとしたが、タナトスはまたもこれを躱した。

「今はお前に話せることはない。それよりも、だ」


「お前、ローゼライトをどう思う? 勿論アルヘイトの者として、だ」

「……どうって……」

 ライオネルは言葉に詰まったが、身内という感覚は少ない。


 もとより危険度で言うならタナトスの方が上であり、上官として従うのはカーマインである。ローゼライトに対しては年長者だというくらいか。

「そう、だな……少なくとも、父上よりは身近、かな」

 ライオネルは正直に答える。


「そうか……身近、か」

 タナトスは肩を竦めつつも、満足気に笑う。

 救国の英雄アウローラよりも、一研究者であるローゼライトの方が、確かに距離は近い。


「では、カーマインのことは?」

 タナトスは続けて問う。

 世間話というよりも、長子としての問いである。

 ライオネルもそれを踏まえて応える。


「会えば何かと小言は多いが、信頼できる。今の一族の柱だな」

 ライオネルは、長兄タナトスでなくカーマインが要だと、そうタナトスに言う。


 親族の中で、唯一肉親だと感じる相手もカーマインである。いわゆる、うるさい兄貴という存在で、軍団の総帥などと堅苦しさは感じていない。

 対して、タナトスに対しては兄弟だ上官だという以前に、そもそも目の前に存在している人なのかという気味悪さがあった。

 もちろん、そんなことは今は口にしないライオネルである。


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