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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
363/379

三十七ノ二、行方

――ノルド・ブロス帝国、ノルド・ノアの里。

 ライオネルとタナトスは未だ地下の大洞窟にいる。


 いつの時代ともわからぬ遺跡、奇妙な結晶石で造られた碑文。

 その前に立ってあれこれと推論を交わしていたが、一区切り落ち着くと改めて自分の今の状況に可笑しさを感じる。


「……やれやれ」

 ライオネルは肩を竦めて笑う。

 すっかりタナトスのペースに乗せられているが、思えば兄弟として会話らしい会話などしたことがない間柄だった。


 ましてライオネルは目下、暗殺者の手から逃れ追撃を躱すための逃避行動の只中である。

 タナトスは先ごろに襲撃を受けて重いダメージを追い、養生していたがその後は消息不明ですらあった。


 だが今は、二人揃って碑石を見上げている。

 その内容も学者、あるいは趣味人同士の気の合う探索といった風で、とても今の切迫した状況に似つかわしくない。


「もう一つ、腑に落ちたことがある」

 タナトスは言う。

「シルファ・ライブラリーだ」

「シルファ? あぁ、あの帝国から持ち去られたとかいう」


 シルファは二番目の宮であり、帝国領にある。

 かつてはシルファ神殿とそのライブラリーが在ったとされるが、帝国内での伝承ではそれらは他所に移されたと云われている。


 現在のシルファは六肢竜族との戦によって神殿の跡すら残さないほどに荒廃している激戦地である。

 故に本来動かせないはずのライブラリーは『エルシオンの神によって安全な遠方に移設された』とのみ伝わる。


「たしか西の果て、今のファーナムにあるとか。……さすがにファーナム・ライブラリーとは呼ばれていないようだが」

 ライオネルも知識としては知っているが、半信半疑といったところだ。

 タナトスは言う。

「動かしたのはエルシオンだとあるし、もともと建てたのもエルシオンだ。だがその意味が今わかった気がする」

「……というと?」


「シルファ・ライブラリーはファーナムに置かれたんじゃない。龍王宮の麓、暦の一番目の龍王たる翠嵐の傍らに置かれた――そう思わないか?」


「それは……例えば、竜族に奪われないため?」

「それが主目的だろうが、もっと簡単な理由。ここが一つ目だという、目印のような」

「……」

 なるほど、とライオネルも頷く。

「中途半端に三回で止まってしまい方角も何も滅茶苦茶。だから一番手である翠嵐、その司る『北』は此処だと印をつけた、と?」


 これは大陸の始まり――巨大な古代龍が自ら大岩と化し浮島と成ったとされるのが、龍王翠嵐の時代だからだ。

 四大龍王は交代で浮島を治め、龍王は北に座すの倣いから北の位置は変わり続けたが、大地の誕生でいうなら翠嵐宮が本来の北――というわけだ。


「わかりやすいだろう?」

「……単純だが、たしかに龍族と天機人の思考回路ならそうするだろうな」

 ライオネルやタナトスらの感覚からすれば、高みの者たちはみな大雑把で加減が無く、そして明解である。


 また暦に関しても、四宮は巡るものであり始まりというものはないのだが、エルシオンの暦と併せた時に雷光ではなく翠嵐を「一」としたのも、この浮島誕生の由来からだろう。

 それが伺えるのが先の碑石の文字列でもある。


「なるほどな……」

 改めてその言葉を繰り返すライオネルである。

「この大陸が回っていた、というのもあるが……そもそも龍王という存在も代わっていくもの。すべてが帝国を中心に回っているわけではないと改めて実感した」

「そうだな」

 タナトスも素直に頷く。


「だとしたら、兄上が最初に言った『三賢龍は此処にはいない』も、当然と言えば当然のこと」


 三賢龍について語る時、現在の地形でのノア族の集落が三賢龍所縁の地とされる。

 大陸東部にあるノルド・ノア。南部にはサドル・ノア。

 オヴェス・ノアは元はファーナムに在ったとされ、これは大陸西部になる。


 残る北部、今のウエス・トール王国が始まりの地であり、伝承によれば『新時代は雷と共に開かれた』と云われ、これは龍王雷光を指すとされる。

 故に、この北の地に居城を構えていたのは龍王雷光だという。


「雷光の時代にエルシオンとの邂逅があり、今は次の炎羅の時代。雷光は眠りに就き、炎羅は炎羅宮に居る」

 それが現在の炎羅宮レヒトである。


「ノルド・ノアの里に『龍座』があるはずもない。龍座が四大龍王宮と同義なら、それは炎羅宮レヒトに在る。その主たる炎羅も、自らの居城である炎羅宮にいる」

 炎羅は今、自らの炎羅宮でこの大陸を統治している。

 かつてと違い炎羅宮は北にはないが、それでも今は炎羅の時代だ。炎と鉄の支配する時代――。


「ノルド・ノア族も寝所のガーディアンという役目の代わりに、この地下帝国の番人を務めてきた……そういうことだろうか」

「かも知れんな」


 タナトスは再度頷き、付け足す。

「もっと言うなら、龍頭亜人が生まれる遥か昔から、地下帝国は古代龍の眷属が暮らしていたはずなんだ。その後のエルシオンとの邂逅のあと、雷光の元にいた龍頭亜人は『三方向に散った』のではなく、残る三龍王の領土に分散した、と考える方が正しいのかもな」


 これは伝承にあるプレ・ノア族をも指す。

 龍頭亜人は四大龍王の膝元に巨人建築式の建造物を作り、彼らが去ったあとを引き継いだのがノア族……となる。


「……なるほど、合点がいったよ」

 ライオネルは何度か頷いたが、それは今の会話の中身だけではない。

「私は、もしかしたら……」

 少し言い濁した。


「会ったかも知れない……龍王、水鏡に」

「ほう?」

 タナトスもその名を聞いて興味を惹かれる。


 それはサドル・ノア族の村、レアム・レアドと共に地下遺跡を探索した時の話だ。

 イーステンの森を含む広大な遺跡群が四大龍王宮の一つであるのなら、龍族と巨人建築、エルシオンの技術が混在していたのも頷ける。


 あの時遭遇した巨大な古代龍が三賢龍だというのなら、それすなわち龍王水鏡である。


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