表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
360/379

三十六ノ九、点と点

 フェンリル。

 スドウの町で出会い、その後はシオンの発行した通行許可証を使って二人でファーナムまで旅してきた。


 途中は他の旅人らと合流し乗り合いの竜馬車なども使った為、立ち入った話が出来たわけではない。娘の村の状況だとか、どうして彼女が村を出たがったのか等をつらつらと聞いたりした程度で、フェンリル自身は語るべき背景など無いと嘯いていた。


「帝国の間諜だとか名乗りやがったが……それで済むとも思えねぇな。あれは多分、人に乗り移る類の幻術だ」

「乗り移る……」

「あぁ。今のあの娘の状態……ずいぶん昔に見たことがある。悪霊に憑りつかれて操られると、解放されたあとも暫くはあぁなるンだ」


 ギムトロスという悪霊とは、あくまでサドル・ノア族風の表現である。

 憑りついたものが何かはわからないが、大抵の場合に本体はどこか遠くに居て依り代の目と耳と口でもって情報を集める。

 フェンリルの言う言葉を鵜呑みにするのなら、帝国人による幻術の類なのだろう。


「だとしたら、折角ファーナムへ入り込めたのに依り代を手放した理由は何かしら?」

 娘を依り代にしたその者は、ファーナムの街に入った途端にその存在が消えた。

 ギムトロスは首を横に振る。

「わからねぇなぁ。ただ、見失っちまった以上は用心しねぇと」

「……」

 アイスは改めてギムトロスを見る。


 ギムトロスの言葉通りなら、彼もまた幻術によって操られた一人である。

 ただアイスの看た所、今はその影響はないようだった。


「わかりました。では、貴方は私と行動を共にして下さい。私が守ります」

 年若い女性の姿でそう言われて、ギムトロスも驚いたようにアイスを見る。

「……あんたとか?」

「えぇ。あの娘と同様、貴方も術の経過を確認するわ」


 しごく真っ当な言葉の前にギムトロスもぎこちなく頷くしかないが、アイスの方もその反応を見越して含みのある微笑でいる。

 シオンの時と同じく、アイスもまたギムトロスより年上である。


 そのことにギムトロスが気付くかはともかく。

「わかった。……じゃあ、ジグラッド・コルネス殿の邸宅に頼む。この娘の件もあるが、そっちの御仁にも用がある」

「あら、ちょうど良いわ。私も彼とは話をしてみたかったの」


 アイスは頷き、ともにコルネス邸に向かうこととする。

 ファーナム内に散らばる点と点同士もまた繋がりつつある。



――同じく、ファーナム市内。

 ファーナム聖殿内、第四騎士団の駐在する館。 

 点が繋がりつつある中、アーカンスはそれらから少し離れた状態にある。


 第四騎士団は外部から隔離された環境もあって、何かと情報に疎い。

 その中にあってアーカンスが他の団員と違うのは、団きっての情報通であるサイラス・シュドラの下に居たからだ。

 サイラスの態度も以前とは違っていて、何かとアーカンスを外へと誘導している節がある。


「アーカンス、約束は果たしましたよ。ギムトロス殿を無事ジグラッド・コルネス殿の元へと送り届けました。どうやらガーディアン・アイスもご同行のようですね」

 報告の文書に目を通しつつ、それを傍らのアーカンスにさらりと知らせるサイラスである。


 アーカンスはというと、それを不思議な感覚で聞いている。

 かつての上官であるジグラッドは、今のアーカンスの状況をギムトロスの口を通して知るだろう。多少の嘘が混ざっているものの、サイラスが繋いだ顔触れがジグラッド、ギムトロス、アイスというのも予想の外だ。


「……ガーディアン・アイス……なかなかに読めないお人ですなぁ。さすがに、フロントの魔女と呼ばれるだけはある、と」

 サイラスはというと、手元の仕事の手は休めないままにもう別のことに考えを巡らせている。ことアイスの持つ特殊な能力については数値も説明も通じない領域だけに、存在が未知数である。


 そのアイスがずっとファーナムに張り付いているのも、サイラスから見れば不気味である。

 いずれ関わりを持つべき相手ではあった。


「……まぁ、いいでしょう。何かの折には、ガーディアン・アイスの話し相手は――アーカンス。貴方に任せましょう」

 サイラスはそう言って、アーカンスに厄介な相手を押し付けることにする。

「わたしはガーディアン・アイスに腹の内を晒したくはありませんし……貴方は女性の相手も苦ではないでしょう? エリファスと違って」


 こういう時、エリファスはついぞ当てには出来ない。

 女嫌いであるのはともかく、読み合いだとか探り合いというものに全く向いていない。空気を読むということもない。

 だからこそエリファスの部下六人が『ドロワ市での諜報活動中に事故死』という記録は白々しいものだった。


 エリファス自身もドロワでの件には全く頓着しておらず、六人の死に対して驚くほど淡白である。

 エリファスの興味はただ、自分が鍛えた部下の剣でイシュマイルとバーツを亡き者にすること、その一点だけだった。それが失敗に終わってしまった今、任務への不全感はあっても部下への哀悼などは無い。剣の前では常に勝利か死だけだからだ。


 そんなエリファスであるがこの時、サイラスすら預かり知らぬところで思わぬ失態を犯していた。手練れの剣士であり、第四騎士団にとっては剣であり盾でもあるが、それ以外の部分での欠落が多すぎた。

 もしくは、単に相手が悪かったためでもある。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ