四ノ五、仏頂面
アイスは少し説明を加える。
「適合者って言ったって、今時は十割きっちり満たした人なんてまずいないわ。目立った能力があるか潜在的に何かがあれば、まぁなんとかなりますって程度よ」
アイスはイシュマイルの顔を見て言う。
「あなたが何割の能力者かは、なんともわからないわ。妙にぶれてるもの」
「ぶれてる?」
「うーん、なんていうのかな。向いてるような、向いてないような、て感じ」
アイスは曖昧に答えているのではなく、もともとの語彙があまり豊富な方ではないらしい。
イシュマイルは続けた。
「じゃあ、他にもいるわけですね。適合者とかいうのが」
「そうねぇ……あのバーツなんかは、たしか推薦されて成ったのよ。最近じゃ、一番新米のガーディアンね」
アイスは笑ったが、イシュマイルは真顔になる。
まだその安否も知らないのだ。
「……僕は」
イシュマイルは声を落として答える。
「レムの弟子じゃあ、ありません。ガーディアンだってことも知らなかったし、第一剣術すら一度だって……」
「むしろ、何度頼んでも教えて貰えなかった。僕はレムみたいに成りたかったのに……お前は戦うな、てそればかり」
イシュマイルは視線を落とし、立て続けて話しだす。
「それが何で。なんで、こんな所で戦争なんかに加担してるんだよ……。最強のガーディアンだとか、魔物より恐ろしいとか、そんな噂ばかりだ」
イシュマイルの言葉の後半は、目の前にいないレムに言っているかのようだった。
しかしそれを聞いていたアイスは、とつぜん噴出して笑い転げた。
「なっ! 何が可笑しいんだよっ?」
イシュマイルが声を上げると、横に座っていた年配の女性がそれを止めた。
「これ、アイス様に無礼は許しませんよ」
アイスは尚も笑っていたが、ようやっとで笑いを収めて言う。
「ゴメンね、きみのこと笑ったんじゃないのよ。ただレアムの仏頂面思い出したら、可笑しくって」
そしてまた口元を袖で覆って笑い出した。何が面白いのかわからないが、これがアイスの個性なのだろう。
イシュマイルもさすがに呆れて怒る気が失せた。
「……レムを知っているの?」
笑いが少し鎮まったところで、イシュマイルが訊く。
「少しは、ね」
アイスはまだ笑っていたが、姿勢だけは正して答える。
「あたしがガーディアンに成った時、その試験に立ち会ったのがレアム・レアドとウォーラス・シオンよ」
試験? とイシュマイルは怪訝な顔をする。
アイスは気にせず続けた。
「何しろあの二人でしょ、もう加減なんかしないのよ。あたし、何度最後の試験で落とされたことか」
「……」
イシュマイルの想像していた神話的なガーディアンの世界とは、かなりかけ離れた現実のようだった。
少なくとももう少し神秘的な儀式を想像していたのだが、実際の制度はかなり実務的に方法が確立しているようだ。
アイスは、イシュマイルのそんな心中を見抜いたようだった。
「……最近はね、そんなものよ。十割の適合者を奇跡的に見つけてた頃とは違うの。今のガーディアンの多くは、組織的に育成されて成った人たちよ」
そして囁くように続ける。
「レアム・レアドくらいのものよ、そんな夢みたいな話。……彼がガーディアンの中でも飛び抜けて異質なのは、そのせいなのかもね」
アイスは昔話をしたせいか懐かしそうに言う。
「でも、あれ以来時々会うくらいね。噂ばかりよ、二人とも。」
「噂……」
「二十年ぶりに会って驚いたわよ。昔の姿と全然違うんだもの」
イシュマイルの脳裏で、ではアイスのは幾つなのかという疑問がよぎったが、アイスはさらに言葉を続けた。
「彼はね、百年近くずっと見た目が変わらなかったそうで……そう、ちょうど今の君みたいだったのよ?」
「……百年?」
「びっくりしたわよ。あんなに髪を伸ばして……見た目もかなり変わってたわねぇ。ずっとエルシオンに戻らずに力を使い続けたせいね」
アイスの知るレアムの姿とは、ガーディアンの常宜しく若い姿のままで、特にレアム・レアドは少年のように頼りない風貌だったのだ。
ノア族の村で過ごした十五年の月日は、レアムの容姿を年月相応に変えていて、その衣服や髪型もノア族の面影があった。アイスが驚いたのも無理はない。
アイスは話し好きなのか次々と話題が出てきたが、その殆どが突飛過ぎてすぐには馴染めないものばかりだ。
イシュマイルは話題を変えようと、訊いてみる。
「じゃあ、あなたも雷光槍を使うんですか?」
この見た目が少女のような女性が雷を振り回す姿は想像できないが、案の定アイスは首を横に振った。
「一応、ね。でも得手不得手があるから、あたしは使わないわ。いうなれば私は神官型のガーディアンで、レアム・レアドは戦士型のガーディアン、てことかな」
戦闘に不向きな分、アイスは治癒術や同調力に長けている。
逆に、戦士型のバーツが治癒術で疲労したのもこのためである。
聖殿の多くが学校や施療院を備えていることも多く、神官型のガーディアンやその適合者は主にそういった場所で活動していたため、祭祀の面以外でも一般市民からの信頼を集めやすかった。
彼らは戦士型のガーディアンに比べると、その印象はかなり良いと言える。
レアム・レアドが人々に恐れられているのに対し、神官型のウォーラス・シオンがドロワの街で人気が高いのはそういった理由もある。
アイス・ペルサンも、レミオールでは適合者の指導などをしていた。
本来は一子相伝で術を伝えてきていたガーディアンも、こと現在の組織の中にあっては、不特定多数を相手に師範として基礎的な知識や儀礼を教える、教育者としての役割を果たしていた。
結果的にその教え子の中から次のガーディアン候補が生まれてるくるのだが、それはもう以前のような神話の中の戦士のごとき存在ではなかった。伝説は緩やかに死んでゆき、不完全な秩序の隙間からは混沌が生み出される。
ほとんどの人は、それが現実的な戦乱の恐怖であるとは思っていない。
イシュマイルたちが、竜馬車の中でそういった話をしている時、街道の流れを逆走して駆けて来る数頭の竜馬があった。
彼らはその肩章に、赤紫の印をつけていた。