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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十六ノ八、ギムトロスとアイス

 アイス・ペルサンは、それまで長く聖レミオール国に務めていた。

 レミオール内で弟子や学生たちの育成に従事していたが、ライオネルたちノルド・ブロス帝国が乗り込んで来たのを皮切りに混乱の只中にある。


 今はファーナム市で足を留めている。

 弟子達、特に少女たちをフレイヤール養成所に送り届ける手筈でファーナムまで来たが、ガーディアンとしての役目がそれを阻んだ。


(今はファーナムに居なければ……)

 アイス特有の感覚からか、エルシオンの指令とは別に奇妙な義務感が今のアイスには有る。


 ファーナムに常駐のガーディアンは、存在しない。

 ハロルドの事件以降、地上で確認されているガーディアンの数は極端に少なく、十二聖殿にすら空席がある。

 加えてファーナムは元の十二神殿のあった土地ではなく、聖殿の権威よりもジェム・ギミック技術への傾倒が強いこともあって、ガーディアンという存在への関心も薄かった。


 一人二人の異能の強者に守って貰おうという感覚もなく、もとよりアイスにもそのような気負いはない。ただこの街に在って、成り行きを見なければと感じている。


 アイスは弟子たちの件を他に任せ本来の任務に戻ろうとするのだが、それはそれで些細な手続きなどが邪魔をする。アイスは今複数の役割を並行してこなしている。

 要するに身動きが取れずにいる。


「ガーディアン・アイス。実は施療院に不思議な娘がいるんです」

 そんなアイスが相談を持ち掛けられたのは、ついさっきのことだ。

「どうやら国境から来た娘らしいのですが、おかしな術にかかったようで」


 ファーナムはジェム・ギミックなど魔技の造詣が深く、魔術への理解も高い。

 そのファーナムの祭祀官や治療師をして、理解の出来ない症状となればアイスのような異能のガーディアンに助力を求める他はない。

 アイスは祭祀官の一人に案内されて、市街地にある施療院に向かうことになる。


 ファーナムの街というのは、本当に平地が少ない。

 そもそも本来の地面が何処かもわからないほどに、四角い建物が四方八方に張り付いてギミック製の箱庭を作り上げている。

 人の手による植物の森に囲まれて、ファーナムの施療院の一つがある。


 件の少女は、皆と同じ広間に居た。

 病室というよりはベッドやソファがずらりと並んだ講堂である。ベッドに腰掛けたまま、一日の大半をぼうっとした表情で過ごしていて、薬も術も効かなかった。


「……幻術……の類だと思うけれど」

 アイスは、一目見るなりそう看破した。

「たぶん、まだ夢の中に居るのね。こちら側に戻ってきていないんだわ」

 少女の頬に手で触れるなどして確かめるも、これという反応もなく言葉も発しない。


 アイスたちが少女を看ていると、別の集団が広間に現れた。

「おい……あの娘、あの娘だ!」

 一際大きな声が堂内に響き、見れば聖殿騎士のようである。


 施療院の看護士が騎士たちに注意を促している横から、一人の老人がすり抜けて走り寄ってきた。

「やっと見つけたぞ。あいつの言った通り、此処に居たな」

 そう言いいながら手に持っているのは、スドウの町の通行許可証である。


――ギムトロスだった。

 ファーナム聖殿前で警邏の騎士に掴まり、アーカンス・ルトワやサイラス・シュドラと話した後。サイラスの命令通りに聖殿騎士に付き添われて来たのである。

 本来の目的地はジグラッド・コネルスの邸宅であったが、その前にと施療院に立ち寄った所だ。


「……貴方は?」

 問いかけるアイスと、ギムトロスに面識はない。


 だが互いにファーナム人でないことに気付くと、一足飛びにある考えに辿り着く。

「あんた、ガーディアンか?」

「えぇ。そういう貴方こそ――」

 サドル・ノア族か、の問いを飲み込みアイスは別の質問をする。


「この子をご存じ?」

「あぁ。連れ戻すよう頼まれたんだ。ドロワ近くの村の娘だ」

 ギムトロスの手にあるのは、シオンから受け取った通行許可証である。

「それ、スドウの許可証……」


 アイスは一目で理解すると同時に、先ほどまで記憶を読んでいた対象だけにその奇遇に肩を竦める。

「いいわ。治療後はあなたに任せます。詳しい話を伺っても?」

 アイスは祭祀官たちを素通りして直接ギムトロスに許可を与える。施療院側としても、ガーディアン・アイスが後を継ぐのならば従うまでだ。


 ギムトロスを連れて来た聖殿騎士たちは、まだ看護士と話している。

 治療師から離れ、アイスはギムトロスに小声で言う。

「……イシュマイル君はファーナムには来ないわ。ここは危険よ?」

「おぅ、そうらしいなぁ」

 すでにシオンから事情は聴いているギムトロスである。騎士たちに掴まった件についても、あまり懲りてもいない様子だ。


「この娘……厄介な術の依り代に使われてたンだ。今ンなって気付いたが、俺はずっとこの娘と並んで歩いてたんだな」

 まずは娘に関わった経緯をアイスに説明する。

「ファーナムに入った途端、俺も娘も術が解けた。だが突然に娘を見失っちまって、やつの気配も消えたんだ」

「依り代……」

 ギムトロスの言うその者は、フェンリルのことである。


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