三十六ノ三、キメラの道
あまり間を置かず、戻って来る気配があった。
再び灯りを隠し、岩肌に張り付くようにして身を顰める。
一団はプラント側から姿を現すと、元の洞穴ではなくこちら側へと歩いてくる。
先ほどよりはじっくりと観察出来た。
岩陰に入るたびに時々姿が隠れるが、あちら側は幅のある道になっているようで隊列を組んだまま通り過ぎていく。
それぞれに灯りを手にしていて、鎧が照り返るのが見える。
ぼんやりとした緑色の光が彼らの顔を浮かび上がらせた。
(あれは……目?)
ライオネルは何かに気付き、視線を反らすとさっと身を隠した。
一方タナトスはじっと彼らを見ている。
兵士たちはさらに深い洞穴へと姿を消した。
慌てたり苛立っている様子などもなく、終始落ち着いて見えた。
「大丈夫か?」
タナトスは警戒の姿勢を崩し、ライオネルの横に座って問う。
ライオネルはまだ冷静とまではいかない。
「えぇ……なんとか。でも、あれは一体……」
危機を脱したことよりも、別のことでかなりの衝撃を受けていた。
タナトスは真横に座ってその様子を眺めている。
「お前ほどの者なら、彼らが何なのかくらい察しが付きそうなものだけどな」
「……あんなもの、誰が見たってすぐにわかる」
ライオネルは息を整えつつ言う。
「あれは……キメラ、そうとしか言いようがない」
二人が見たものは、人より小さく頭の大きな生き物が人と同じように武装して歩いている姿だった。膝から下が大きく曲がり、足先が異様に長く独特の足音を立てていた。
金属製に見えた鎧も、近くで見ると鉱石の板を縫い合わせたかのような美しい鱗鎧、スケイルアーマーだった。
龍族というよりは魚人の類、もしくは蛙か山椒魚が立ち上がって歩いているかのよう。
伝承にあるキメラは様々な姿で表されるが、共通しているのは人の形をしていることだ。
そしてキメラは、回転する大地の上から姿を消したとされるが『はじまりのうた』では明確には描かれていない。
『最初のもの 現る 形をもたぬもの ピュリカなるかな
――大地は三度回り 命もその形をとどめない』
今見たものがそれだと言われれば、とてつもなく古い種族ということになる。
研究者であるライオネルからすれば衝撃的なことだが、それを差し引いても驚くに値する。彼らの姿はあまりに異様で、恐ろしくもある。
「キメラ……僕にもそう見えたよ。思うに半水棲の生物かな? 通りで裸足で歩き回るわけだ」
「……」
水プラント周辺を縄張りとし、龍族と同じく湿度を好む生態……。
今の段階ではキメラかどうか断定は出来ないものの、彼らは人のような姿や道具、言語を持ち、文化的な生活をしている未知の種族――未確認の人族である。
ライオネルからすれば、理解できることと驚くことは別の問題である。
「……お前のそういうところは微笑ましいよ、ライオネル」
ライオネルが時折見せる、いわゆる『普通の』反応である。
ノルド・ブロスの王宮育ちならばもっと恐ろしいものや手強いものを見聞きするはずで、実際にそのような敵を相手に的確に対処してきたライオネルである。
今更なにを怖がるでもあるまい、とタナトスは思う。
「奴らが何者なのかはともかく。少なくとも灯りが撒いてある洞穴は通り道だと考えた方が良さそうだ。出くわさないよう注意しよう」
タナトスはいたって冷静である。
「それよりも、だ」
「ここで僕ら以外の住人を見つけたことは大きい発見だよ」
タナトスは言う。
「問題は彼らを追って住居なり抜け道を探るか、避けて別の洞穴を行くかだな」
どちらも難度の高い選択である。
プラントに戻り水路から脱出するという選択肢もあるものの、タナトスの考えではまだその時ではない。
「……つくづく、兄上。貴方って人は」
普段饒舌なライオネルにも、言葉がない。
ともかくも。
二人は隠れていた岩場から出て『彼ら』が通って行った道を確かめてみる。
「……灯りが。道標になっている」
道沿いに、岩肌をくり抜いた穴があって点々と灯りが置いてある。
「思ったより夜目が利くわけでもないようだな。僕らを見落とすわけだ。――それよりも足元を見てみろ」
タナトスは屈むと地面を手で払う。
ライオネルが足先の地面を見ると、自然の岩ではなく規則的な模様がある。
「……驚いたね。劣化はしてるが、焼き煉瓦を敷き詰めてある。これは相当知能が高いぞ」
そういって手についた土を払いつつ、タナトスは笑う。
ライオネルはまだ『彼ら』の存在に疑問を持っている。
「彼らの仕業かな? 元からあった遺跡に住み付いているだけでは」
「かも知れん。修繕もされていないし、岩肌を刳り抜いた方はかなり雑だ。だとしたら、複数の文明の存在を疑うべきだな」
タナトスは立ち上がると、ライオネルを真正面に見据えて言う。
「……灯りを追ってみよう。何かの施設に辿り着くだろう」
「えぇ。さすがにこれは……見過ごせない」
脱出やノルド・ノア族のことが頭にないわけではないが、ここはノルド族特有の好奇心が勝ったようだ。ライオネルも探索に賛成する。