三十五ノ十、地下帝国
「どうだ? どこか怪我でもしているか?」
ライオネルが痛む体を難儀しつつ起こすのを、横で見ているタナトスである。
「……本当に……兄上か?」
「あぁ。ずいぶんと久しぶりだな」
岩場の窪みは立ち上がるほどの高さもない。二人とも直に座ったまま話をしている。
「まさか、お前もやられたとはな。僕を殺し損じたと思って、やつら相当焦っている」
「思って?」
タナトスの言い回しに疑問で返すライオネル。
「あぁ。僕は一度死んだから」
タナトスは時折このような冗談を言う。
ライオネルは本気にはせず、見える範囲のプラントを眺めみる。
「水プラントとはね。面白い遺跡もあったものだ」
ライオネルの視線を追い、タナトスは楽しむ口調でいる。
「僕の予想の外だったよ」
「兄上は……何故ここに?」
「おまえこそ」
ドヴァン砦はどうした? と言外に問う声音である。
「お前にしては迂闊だったな、ライオネル」
言葉も出ないライオネルである。まさかノア族の里を襲われるとは……。
タナトスもライオネルと考えるところは同じである。
「多分……里の連中も全員、拘束されているだろうな」
「私のせいだと?」
「助けは来ないって意味さ」
タナトスの的確な言葉に、息を吐くライオネルである。
「地上に残るはカーマインだけか……」
声に口惜しさを滲ませた。
「このところ北部での戦闘が激しい。我々の異変を知ったとしても足止めを食うだろうな」
まだカーマインの助けを期待するライオネルを、タナトスは白むように笑う。
「僕が最後に見た時の父上は意識も戻ってしっかりしておられた。幸か不幸かな」
「どういう意味だ」
「父上の周りにいるのは、もうカーマイン派ばかりだってことだ」
「……なるほど。ふだんの悪戯が全部父上にばれるわけだ」
ライオネルは悪態をつきながら、ひとまずと岩場から抜け出す。
「来るのは追っ手か捜索隊か……」
おそらくは前者だろう。
荒々しい崖の下は人工的な水路。
天然の水場と繋がっていて、深い絶壁を幾つも作っている。洞内の湿気もあって霞んでいるのか、暗闇の中では高さも測れない。
見れば、所々で岩同士が繋がって橋の代わりになっている。
回り込んでプラント側にも行けるようだった。
タナトスはすでにプラント内の地形は把握しているようで、先に岩を渡っていく。
「みたところ、ここのプラントは日照を基準に規則的に動く仕組みらしい。待ってればどこかしらが動くだろうさ」
「ではここで待つと?」
「……その選択肢は無いな。僕の目的はこの遺跡を探ることだから、お前もまずはこっちに付き合え。どのみちあの龍人たちから生きて逃れるしか、手はないんだ」
「……なるほど」
ライオネルが暗がりから追いつくと、タナトスは一基のプラントの脇で何かを探っている。
「ほう、何者かがこの周辺に置き撒いているようだな。光を吸収してしばらく光るようだ。……持っていこう」
「これは……トーチ?」
灯りを受け取ったライオネルは、手のひらを前にかざすようにして前方を照らした。
そして気付いた。
「……兄上、その髪の色は?」
目の錯覚かと思っていたが、やはり灯りで照らすとよくわかる。
タナトスは、黒髪である。
ライオネルも見慣れた、あの長い銀髪ではなかった。
「今頃気付いたのか? なに、ノアの里に忍び込むためさ」
「女物の服まで用意して?」
似合って無くはない。ただ異様に人目を惹く姿ではある。
「まったく……。貴方という人は隠れたいのか目立ちたいのか、どっちなんだ」
「決まっているだろう、両方さ」
ライオネルの抗議を、タナトスは笑って躱している。
「人を欺くとは、そういうことだ」
「なるほど。で……探索するとして何か当てがあるのか、兄上」
せめてもの反撃に、無理な問いかけをするライオネルである。
「ぱっと思いつくプランとしては……抜け道とやらに期待して洞窟を進むかな」
「……抜け道?」
噂程度に語られる『案内人』の抜け道である。
だがタナトスはもう少し踏み込んで推察する。
「……おそらくだが、ここは無名伝承集に見られる龍族の地下帝国の跡なんだろうよ。水プラントがあるのがその証拠……だとしたら、レミオールやサドル・ムレス側にまで通じていてもおかしくはない」
「……」
反応の薄いライオネルに、タナトスは試すように言う。
「……信じてない?」
「半信半疑、かな。抜け道に関しては予想はしてるが、地下帝国となると」
ライオネルはそう言いながら頭を横に振る。
「そうかな。帝国と言われてはいるが、要するに古代龍たちのかつての住処だ。大陸全土の地下にどれほどの空洞が有ったとて不思議ではあるまい」
遥か昔、巨大な古代龍がその身を大陸に変えて卵や子孫を守ったと伝承にはある。
猛毒の風雪に晒される地表ではなく、地下の暖かい場所で眷属たちは生き延びた。
今では四肢龍族の住処は北部にある『龍の谷』しか残っていないが、その名残りは大陸の各地にあるはずだ。
「龍の巣……か」
ライオネルは言語と伝承に通じる研究者であるから、地下帝国の逸話はよく知っている。
しかし、今まで地下帝国の場所はおろか、実在すら怪しまれてきた。
「その伝承が真実なら……初期の人族と龍族が共生したという言い伝えもまた真実なのかも知れない。エルシオンとの関係についての物証となるものも……あるいは」
それがよもやノア族の守る遺跡の奥に在るなどと――。
「そんなものが本当にあるのなら、どうしてノア族なり龍人族なりに情報が無かったんだろう……」
ノアの族長一族の生まれと自負していただけに、釈然としないライオネルである。
「お前が聞かされていなかっただけさ。現にこのプラントのことも知らなかったろう」
ライオネルの心境を他所に、言ってのけるタナトスである。
「案外……叔父貴殿は知っていて、お前をここに閉じ込めたのやも?」
「知っていて?」
「そう考えた方が、袋小路をただ彷徨うより幾分マシだろうさ」
タナトスはそう言い捨てると、洞窟の奥を目指してか歩いていく。
「たしかに……ここで休んでいても何の収穫もないしね。少しは手は打たないと……」
ライオネルもまずは大人しくタナトスに従う。
ライオネル自身、奇妙な組み合わせだと感じている。
それが宮殿であれ、父の前であれ、兄弟と実感するほどに言葉を交わした記憶がない。カーマインとはそれぞれに接点があったが、ことタナトスとライオネルは疎遠だった。
それが今は……。
ともかくも二人は水プラントの並ぶ大洞窟を後に、大きく口を開けた暗闇に入っていく。