三十五ノ九、ライオネルの帰還
聖レミオール市国。
ドヴァン砦。
ライオネルを乗せた飛竜がバルコニーに降り立つ。
ここは日常から翼龍に騎乗するために広く用意されていて、巨大な飛竜もライオネルを降ろす程度には留まれる。
レアム・レアドはすでにその場で待っていた。
「首尾良くいったようだな」
レアムが言ったのはノルド・ノア族の遺跡についてだったが、その後の事件のこともおよそ把握している。
思った通りだ、と心配はしていなかったレアムである。
「……彼は?」
レアムが問うたのは、ライオネルを乗せて来た飛竜についてである。
飛竜は挨拶をするかのようにレアムを見、首を傾げた。レアムも龍人族風に自分の胸に手をやり応える。
「里付近を縄張りにしているリーダーだ。手助けして貰ったんだが……ことのついでに」
ライオネルの答えに、レアムは納得したように目を細める。
「なるほど、これほど立派な雄の成体竜。縄張りがノアの里周辺というのも……都合が良いことだ」
「一つの行動で手土産が一つだけ、なんて効率の悪いことはしないよ」
この飛竜はひとまず砦の客として持て成されるだろう。
ドヴァン砦というのは、六肢竜族にも心地良い環境である。
その一つに、レミオールの南側に跨る火山地帯がある。
休火山帯でありレミオールからもドヴァンからも離れてはいるが、その天然の恵みを聖地に与えていて、付近の町には湯治場なども在って多くの人々が治療に訪れる。
ドヴァンとは本来、巡礼や滞在者を聖地に迎え入れる為の関所なのである。
炎羅宮には龍王炎羅が住み、その司る鉄と炎は帝国に力を与えて来た。
火山もまた炎羅の力を具現化したもので、レミオール市国を守護しドヴァン砦にも強大な魔力を与え続けている。
飛竜たち六肢竜族は、龍王炎羅の直属の眷属ではないが近種として少なからず影響化にある。ドヴァン砦の暖かく湿った環境というのは、飛竜にとっても具合の良い処だった。
飛竜の接待を部下に任せると、ライオネルはレアムに尋ねる。
「守備を任せっきりにして悪かった。何か変わったことは?」
言いながら自分の服の汚れに気付き、片手で払う。
まるで子供が土遊びでもしたかの如く、乾いた土に塗れている。
ノルド・ノアの周辺で見られる、赤みを帯びた土だ。
何があったかは聞かないが、ライオネルらしからぬ……とレアムも思う。
「私が留守を守っているのだ、砦は何事もない。ただ――」
「『彼女』は多少機嫌を損ねたようだ。行ってやれ」
「そうさせてもらう。……言われるまでもないがな」
ライオネルは笑って答え、何を置いてもまず『彼女』の元へと向かう。
レアムも途中までは付き従い、歩きながら問う。
「それで……誰の仕業かはわかったのか?」
「あぁ」
互いに、里でのことは多くは語らない。
それよりも大きな動きがあったからだ。
「想像通りだった。……残念ながら、な」
レアムは、ライオネルの顔を見る。
砦を出て里に向かった時には透けていた迷いが、今は消えているのがわかる。
「出て来たな、黒幕ってやつが」
ライオネルの声音にも力が感じられる。
いつもの逃げに徹した剽軽さではなく、腹を括った末の冷静さ――。
――ここで、時を少し戻そう。
足場から落ちたライオネルに何があって、どうやって飛竜と共に帰還したのかを。
実は、水路に落ちたのはライオネルではない。
岩壁の一部が崩れ、水面に落ちた。瓦礫は下にいた水棲竜の一体に当たり、血の匂いを嗅ぎつけた肉食竜らがこれを襲った。
叔父が聞いた水音、襲撃者が上から見たのは共食いをする水棲竜たちの姿だ。
ではライオネルは、というと。
確かに落下はしたのだが、空中で何かに横合いから激突された。その勢いのまま足場の下の窪みへと滑り込み、衝撃で岩が崩れ落ちたのである。
ライオネルも一瞬意識が途切れたが、襲撃者たちの足音は聞こえていた。
――静かに、そう何かがライオネルの唇に触れた。
それが人の指で、岩の隙間に横たわる自分の上にもう一人居ると気付くまでに、少しの混乱があった。
(……何者……?)
先ほどの体当たりは、空中で大人の男を受け止め襲撃者の目に届かない位置へと運んだ人物からのもの。
(浮遊術……にしても、ずいぶんと手荒な……)
助けられたとはいえ、やはり相当の無茶である。
ライオネルが痛む腕を動かすと、手に触れるものがある。
長い髪の毛だった。
たどるようにして相手に触れてみると細い肩である。
体に感じる重みからも小柄な人物だとわかる。
(……子供……いや、女か?)
はじめはそう思った。
岩場の上では、叔父と襲撃者が言い合う声が聞こえている。
襲撃者は足場の下方向に灯りを向け、ライオネルは用心しながらも頭では別のことを考える。
(もしや、先ほどプラントの影にいた者か……)
あの位置からなら、角度的にもこの隙間に飛び込める。体格からも同じ者だと判断する。
そのうち、襲撃者と叔父はプラントを後にした。
扉が閉ざされ、急激に静かになると低いギミック音だけが残った。
暗闇に目が慣れてくると、プラントの灯りも手伝ってぼんやりと周囲が見えてくる。
いつまでも狭所で、誰ともわからぬ人物と身を寄せて転がっている必要もない。
「……そろそろ、どいて貰えないかな」
声を顰めるライオネルに、その人物はくつくつと笑った。
(――この声)
その人物は、岩場の隙間で注意深く体を起こすと、ライオネルに言う。
「さすが、お前の叔父貴だな。咄嗟のウソが上手い……」
「まさか……あ、兄上っ?」
驚きに体を起こそうとして、強打した背中の痛みに顔をしかめるライオネルである。
「まだ大声を出すな。やつらが近くにいるかも知れん」
宥めるように手を置く人物は――タナトスである。