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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十五ノ八、星の灯

「メディキナ……。名の無い刻印持ち、かぁ……」

 客室に通されて休む時間になっても、バーツはまだ多過ぎる情報量を整理しきれていない。


 伝承一つとっても、サドル・ノアのものとはかなり異なる。どちらが正しいかではなく、生存のための方便がいつしか伝承までも変化させたのだろう。言葉はピュリカなのである。


(ただ……本当に刻印持ちだとするなら)

 フィリアの話を即座に否定したバーツであるが、自分でも驚くほど腑に落ちたのは事実だ。

 有り得ない話だと頭では思っている。

 思いはするが可能性が少しでもあるのなら、対策も考えおかねば話にならない。


(三人とも師匠に鍛えられたガーディアンだと仮定して、今後を見ねぇと)

 手の内がすべて知られているのはもとより覚悟の上だ。かつて邂逅したライオネルにはドヴァン砦でもドロワでも、ことごとく手玉に取られた。


 ふと、かつてのシオンの言葉を思い出す。

『お前たちはレアム・レアドの強さにばかり囚われているが、私からすれば、ライオネルの方が脅威だ』


 大きな力で真っ向から一撃を与えてくるのがレアムだとしたら、その隙間からちょろちょろと嫌な手を仕掛けてくるのがライオネルだと思われていた。

――その認識を根底から改めなければ、相手の力を見誤る。


「……だだでさえ、龍人族相手の戦いなんて想定外だってぇのによ」

 龍人族自体も未知数、敵対するガーディアンはレアム一人でも手に余るのに、さらに三人も増えるのかと考えると……悪夢でしかない。


「潰し合いで自滅でもしてくんねぇかな……」

 後継者争いとやらに望みの一つも掛けたくなるものだ。

 ただそうなると、六肢竜族の脅威というさらなる難敵に自分たちで向き合うことにもなる。


「……」

 バーツはソファを占領して寝転がり、長い手足を伸ばして考えていたのだが、ふと気付いてイシュマイルを探す。


 少し前から無口になっていたイシュマイルである。

 見ると、窓際にいて閉じた窓から眼下に見えるテルグムの夜景を眺めていた。


「どうした。寝ねぇのか?」

 努めていつもの口調で声を掛けるバーツ。

「……うん……」

 イシュマイルは生返事でいる。


 バーツはのそりと起き上がると、イシュマイルの横に立つ。

 窓枠に肘を置くようにして、同じ夜景を眺める。


 無数に瞬く街燈の灯は、地上に映る星々の如く美しい。


 イシュマイルがふと口にする。

「天上の人が見下ろすこの世界って、こんななのかな……?」

 言い伝えや御伽噺などにも語られる。

 エルシオンの民は、雲の隙間から地上の人や動物たちを見て、あれこれと心を砕いてくれると。


「……こんなって?」

 イシュマイルの言葉に違和感を覚え、バーツは問う。

「不思議。なんだか……懐かしい」

「……またいつもの、夢で見たってやつ?」

 バーツは少しだけ茶化し、視線を夜景に戻した。


 一つ一つの光は、暖かそうな色である。

 数えきれない街の灯り、何人の家族がそこで暮らしているのか――。

 イシュマイルはそんなことを考えているのか?

 バーツはいつものように気遣う。


「バーツは……エルシオンに行ったことがあるんでしょ?」

「あ? あぁ、そうだな」

「こういう景色なの?」

 イシュマイルは振り向いて問う。


 バーツからすれば、本来は答えてはいけない問いかけである。

 言葉を選んでか、いつもの荒い口調が消えた。

「……いや。もっと、上からさ。人の顔はおろか、家の大きさも、街の形もわかりゃしねぇよ」

 イシュマイルは不思議そうに聞いている。

 バーツも口下手だけに、ふっと笑うしかない。

「もっと遠いとこって意味だ。まぁ俺もそこが何処だったのかいまだにわからねぇが――」


「あんなところから地上を眺めて……何かを救うなんてこと、出来んのかねぇ」

 それはバーツがエルシオンで感じた率直な感想である。

 シオンにも、他のガーディアンにも、誰にも言っていない本音。


「正直ンとこ、レアムの怒りもわかるんだ……」

 バーツは外を眺めるのをやめ、壁に凭れるようにして夜景に背を向けた。

「師匠には俺がハロルド贔屓だから、と言われたが。そんな単純な話でもねぇよ」

 目を閉じて話す様からは、イシュマイルに語るというより自分を確かめているようだ。


「あんだけ忠実で真摯な人が……どこでどう死んだのかもわからねぇなんて」

 バーツの記憶にあるハロルドは、聖殿騎士団長としての姿だ。

 皮肉を言いがちなバーツにしては珍しい、とイシュマイルは感じる。

「そんなに、すごい人だったの?」


「……いや、逆だな」

 バーツは目を閉じたまま首を横に振る。

「どっちかってぇと……馬鹿正直の方かな。悪党に利用されやすい典型的な……」

「……あくとう……」

 それがエルシオン?などとはさすがにイシュマイルも口にはしない。


 バーツは言ってから自分でも可笑しいと思ったのか、口元を歪めて言う。

「そういやぁ、ロナウズの方はバカというよりクソ真面目の方だな。しかも頑固ときた。やつがガーディアンだったらと想像すると……ちょっとおっかねぇな」


「……面白ぇ連中だよ、バスク=カッド兄弟ってのは」

 イシュマイルも愛想笑いで聞いているしかない。

 そのロナウズと馬が合うのがバーツである。ロナウズはたしかに生真面目ではあるが、その基準を自分の外に置かないという点では不真面目な騎士ともいえる。


(だとしたら……)

 イシュマイルも少し見方を変える。

 エルシオン相手に真っ向から反抗し、同類であるガーディアンすら敵に回す――。

(レアム・レアドって人は……相当単純で、まっすぐな人だな)

 それはノアの村でのレムからも感じたことだ。


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