三十五ノ七、ノルド族とは
ノルド族は単独で行動することが多い。
種族としての特性のみを持ち、赤髪の龍人の中に単発的に生まれる。つまり、同族だけで共同体を作るための基盤がない。幼少期は龍人族という括りの中で育つが、成長につれて自己を見出し、群れを離れる。
孤独を好む傾向があり、自立心が強いこともあってなおさら自らの興味に没頭しやすいのである。
オアシスのエルはその典型だろう。
タナトスや友人の司書の男、ライオネルなどいずれも同じ性質を持っている。
「龍人族とノルド族は、互いに同胞として良き友として共存出来る。けれど、こと婚姻となると龍人族側が警戒するし、ノルド族側も龍人族との結婚を許されないわ」
龍人族は家名や血統に拘る。
貴族階級ほどその傾向が強く他種族との交わりを禁忌とするが、平民などはそうではない。その理由は――。
「警戒? ノルド族相手だと、ほかと何が違うんだ」
「えぇ。生まれてくる子は確実に赤い髪の龍人族。――ただ、その子は、生粋の龍人族よりも能力が高いのよ」
見た目にも特異な龍人として生まれる。
体格も大きく魔力も強い強靭な個体となる。
多くはその一代限りの異能である。
しかし龍人族の社会では、単発的であっても強い個体が生まれることを良しとしない。
調和を崩すことを厭うのである。
「発現が最も強いとされる龍人族が、他種族との婚姻を好まない理由がこれ、ノルド族の存在」
龍人族がこれまで他種族を侵略しなかった理由は、それにより自らの調和を乱すからに他ならない。彼らは頑なに、持って生まれた能力と姿、世界を守ろうとする。
「……む。だからなのか。今までノルド族なんてぇ聞いたこと無かったのは」
「ノルド族は生来用心深いから。ノルド族自体は発現の法則の最弱、彼ら自身にも利がない……一方的に利用されるのを嫌うのも当然」
これは、ノルド刻印が持つという『変容』の作用と言われている。
触媒として他の刻印の性質を変えてしまうという。
発現の法則に割り込み、その種族本来の能力にも変化を与える。
他三つの種族刻印に対して、強い揺らぎを与える刻印なのである。
バーツがふと気付いて言う。
「……もしかして、アウローラ皇帝の親ってのぁ」
「噂では」
フィリアもバーツの言わんとしていることは承知である。
「二百年ほど前よ。アウローラがセネター・ガードとして名を挙げてきた頃、すでに父親の存在はわからなくて龍人族の母親だけが知られていた。当時から、父親はノルド族ではないかと囁かれていた」
アウローラ・アルヘイト。
平民から皇帝にまで成った龍人。
アルヘイトの氏族は被支配階級の一つであったと言われるが、反骨の彼らに貴族のような禁忌の掟はなかった。武力でもって故郷を得ようとするのもまた龍人族の一面である。
強い個体を産み育てることを選択したのだろう。
アウローラ・アルヘイトはその特異な強さをもって、まずは上正院の警備兵にまで成り上がった。そしてその異質さがエルシオンの目に留まり……龍人族に数少ないガーディアンとして選ばれる。
それは、龍人族社会からの排除とも言える。
フィリアは言う。
「アウローラ帝の父親がノルド族だとしたら……龍人の血統であると同時にエルシオンの者でもあるということ。アウローラを介して、エルシオンがノルド・ブロスを救ったと信じるノルド族も居る……」
それまで隠されるように生きて来たノルド族が、アウローラ・アルヘイトという存在を得、自らの有り方を再認識したのである。エルのように自らをノルド族と名乗る者が増えて来た。
ノルド族の存在は、帝国に波風を立てるものでもある。
もう一つ、可能性がある。
ライオネルやタナトスはノルド族。
赤髪の龍人族から妻を娶った場合、生まれてくる子はアウローラに伍する強い龍人となる公算が高い。
勢力の少ないタナトス派が視野に入れている勝算であり、カーマイン派やプロテグラ家が強く警戒する要因である。
「――私の母も、ノルド族だった」
話を変えようとしたのか、それともノルド族について語ったためか、フィリアは懐かしむように話す。
フィリアの父母は前ウエス・トール王とその側室であったが、六十年前のテルグム落城の際に命を落としている。
タイレス族だった正室やその嫡男――王太子なども。
ラパン王家の中では、フィリアだけが生き残った。
「タイレス族の刻印には揺れ幅がある。だからノルド族の刻印からの影響は一見少ないわ」
フィリアの場合、外見にノルド族の面影が見えるがこれはウエス・トール王国人にはよく見られる特徴でもある。ルトワ一族のように他国の街で世代を重ねてもこの特徴は残っている。
「けれど見えない部分にも強い作用を起こす……私の場合、寿命を大きく延ばしたようなの」
バーツもあ、と納得の表情を見せる。
「なるほど……だからガーディアン並の不老長寿を」
えぇ、と頷くフィリア。
「……だから、オペレーターに?」
「それもあるけど」
「六十年前の脱出の時、私も命が危うかった。だから周りの人たちはオペレーター刻印を施すことで、私を救おうとした……」
これは古い時代にも何度かあった例である。
虚弱な乳幼児や瀕死の幼子など、命を救うために『聖殿に捧げる』行為が語られている。
その後の一生をオペレーターとして聖殿での生活を強いられ、家族として会うことは殆ど叶わないが、それでも救いたいと決断をする者たち――。
オペレーター刻印が地上で捺すことが許されているがゆえの故事である。
「だから……なおさらカーマインのことは不思議だったの。命を留めるために刻印を施したのなら何故メディキナを選んだのか、そもそも選べるのか……それとも私の勘違いなのか、と」
バーツもすぐには答えが出ない。