三十五ノ六、変容
「バーツ、貴方にはガーディアン刻印と呼ばれるものがある――つまりメディキナ刻印。同じものはレアムにも、アイスにも、ウォーラスにもあって――カーマインからも同じ気配を感じる」
フィリアは一人一人を名を挙げる。
「たぶん……残る皇太子タナトスとライオネルも同じだと思う。考えてもみて。ガーディアン・アウローラの息子である彼らが、地上で生きていられる方法が他にある?」
「……」
納得のいく話ではある。
ただ誰彼なく聞かせて良い話ではない。ガーディアンとしても、女王としても。
フィリアは言う。
「私たちオペレーターは、エルシオンではなく地上で刻印を捺される。だとしたら、メディキナの刻印が地上で捺された可能性も……ゼロではない」
バーツはしばし考えている。
「……だとしたら……とんでもねぇ掟破りなんじゃ……」
「かも知れない」
フィリアはあくまで冷静である。
「聖レミオール市国やドヴァン砦の件。サドル・ムレス都市連合が各地の聖殿騎士団を総動員して帝国を攻める理由も……そこかも知れない」
「騎士団を……?」
「ガーディアンに異分子が現れた場合。エルシオンは同じガーディアンに排除させるか、聖殿騎士に討伐の命を下すのが通例なのよ」
バーツとフィリアの話を横に、イシュマイルは思い当たる。
(……じゃあ、僕がドロワでファーナムの騎士団に襲われたのは……?)
思わず自分の胸元に手をやる。
――もしや刻印が? そう確かめるかのように。
「いや、待てよフィリア。結論を急ぎ過ぎだ。少なくともエルシオンが把握しているガーディアンの名前の中に、カーマインは居ない。ライオネルも、タナトスも!」
多少の混乱があるのか、声を荒げるバーツである。
「それなら、条件の整っていない刻印保持者……かも知れない」
「しかし……」
フィリアもバーツも、イシュマイルの様子には気付かず話している。
「少なくとも三皇子は、今も生きているわ」
「あぁ……」
その点はバーツも頷くしかない。
「生きているということは、掟破りであったとしてもエルシオンが認めているということ」
その存在を。
何者であれエルシオンが認めない者は、地上で生存し続けることは出来ない。
「エルシオンが認めているのなら……三皇子が他国の聖殿騎士に命を狙われる筋合いは、ない」
「それは……確かにそうだけどよ」
エルシオンは一切の例外を認めない。
認めるとすれば、それはすでに解決している事柄であって問題では無くなっている。
「帝国では、すでに次の後継者争いが始まっている……」
フィリアは、同盟国の元首としての憂慮をもってこの事態を見ている。
「三皇子は、龍人族としてはまだまだ未熟な年齢よ。それぞれの後見の者たちが勝手に動いて剣呑な状態となりつつある」
「それは……こっちとしちゃあ有り難いが」
バーツの気楽な感想に、フィリアは首を横に振る。
「駄目、六肢竜族のことを忘れては。帝国だけの問題ではないのだから」
この件では特にカーマイン・アルヘイトの存在は大きい。
フィリアたちウエス・トール王国は、こと竜族の侵攻に於いてカーマインとは運命共同体である。
「後継争い、ねぇ……」
バーツの感覚では敵国ではあるが、単純に考えてはいけないことだ。
「そういやぁ、ノルド族って?」
思い出したようにバーツが問う。
「銀髪の龍人族が自分のことをそう呼べと言っていた。フィリア、どういうことかわかるか?」
「え……そうねぇ」
「『はじまりのうた』の最後に出てくる三つの種族のうち、あまり語られないのがノルド族」
フィリアは元の口調に戻って話している。
「ノア族、タイレス族、龍人族……じゃあ?」
「違うわ」
フィリアはきっぱりと言う。
「ノア族、タイレス族、ノルド族が同じエルシオンの者。対して龍人族は龍頭亜人の血統となる」
龍人族と龍頭亜人は、両者の間に子が成せるほど近種である。
だが龍人族とエルシオンの三種族もまた子を設けることが出来る。共通点は『人の形』をしている者たちだ。
「その人はたぶん……帝国内で居場所が無かったか、ノルド族持ち前の探究心で辿り着いたか、その人なり野心に導かれたか……でしょうね」
フィリアは、エルのことをそう言い当てた。
「ノルド族というのはそういった種族集団が存るのではなく、赤髪の龍人族の中からのみ発現する。だから龍人族と混同され、同じ名で呼ばれているの」
「赤い髪の龍人族から……?」
「えぇ。例えばライオネルの場合、龍人族であるアウローラ帝、そして母親はノルド・ノア族。二人から生まれたライオネルは、二分の一の確率で銀髪のノルド族として発現したわけ」
「ノルド族というのは、本当に不思議な種族なの」
発現の法則では最も低く、タイレス族にすら下回る。
赤髪の龍人族が、ノア族タイレス族と婚姻した時にだけ出現し、その確率は五分五分と対等である。
他の三種族の特徴をすべて備えている代わりに、赤髪の龍人族に比べると身体能力や魔道への適応などでは落ちる。
「でもタイレス族のような探究心やノア族のような職人気質が相まって、研究者や開発者として成功する人が多いわけ」
ライオネル始め、多くのノルド族の特徴である。