三十五ノ五、メディキナ
「広い意味では、全ての人族がガーディアン。この大陸に住む人々も、エルシオンの民も……」
フィリアは一般の信者への言葉ではなく、ガーディアンとしての知識を教えている。
「かつての神殿騎士団――今でいう聖殿騎士も騎兵というガーディアンの一種。騎乗で剣を振るう彼らも、技術力で術を行使する私たちオペレーターも、同じガーディアンよ」
「そういやぁ、オアシスで出会ったノルド族とかいう男も言ってたな。エルシオンの民には二十六の区別があるって」
ノルド族、その言葉に対してかフィリアはバーツを見る。
「その通りね。二十六種類の人はエルシオンにもこの地上に居て、中には今の時代には居ない人々も含まれる」
すでに出現して役割を終えた人々や、これから現れるであろう人々――。
二十六個の古文字は役割を現す名称の頭文字であって、二十六の階級があるわけではない。上下や優劣の関係を示すものではないのだ。
例えば『魔人』と呼ばれる者たちは、ガーディアンよりも高い戦闘能力を持つ。
レコーダーはかつての闘いでレアムを容易く捩じ伏せたが、かといってエルシオンでの位がガーディアンより高いのではなく、地上の人々とも対等である。
オペレーターは戦闘力に置いては一般的な人々とそう変わらないが、彼らの能力は聖殿の中にあってこそ発揮され、時にエルシオンのものを凌ぐ超常さを示す。
強い弱いという尺でもなく、それぞれの役割に特化しているだけの話だ。
「じゃあ――」
イシュマイルは、隣に座っているバーツをちらと目で示して言う。
「バーツやシオンさんみたいなガーディアンは、なんて呼ぶの? エルさんは古代文字の十三番目の文字だと言っていたけど」
そこまで聞いたなら話は早い、とフィリアは頷く。
「十三番目の文字はエム……『メディキナ』というガーディアンよ」
「メディキナ……」
気医学という意味のエルシオンの言葉である。
「体内のコルと大気中のプリムを練り、治療や精神干渉、物理変換して攻撃にも使う……転じて、それを行使できる者――」
「それが……雷光槍?」
「そうとも言うけれど……満点ではないわね」
フィリアはさらなる説明が必要な箇所はひとまず横に置き、イシュマイルの問いにだけ答えている。
「いいこと? 聖殿で祭祀官が癒しの術を使う時、裏では私たちオペレーターがジェムを魔力源として装置を通して『奇跡』を行う。けれどメディキナの者はそれを自分の体だけで出来るということ」
「……」
イシュマイルはしばし考えている。
「……じゃあ。そのメディキナというのは、本来は戦いが目的のガーディアンではない?」
「それは、難しいところね」
「癒しの術と戦闘の術、どちらも地上におけるエルシオンの使徒として必要な力でしょう。両方を駆使して単身でも戦い続けることが出来るからこそ、メディキナが現在のガーディアンとして活動を許されている理由だと思うわ」
フィリアの説明を、バーツが頷いて言う。
「でも、その特技にも得手不得手がある……と」
アイスやシオンなどはメディキナ本来の治癒術を得意とし、聖殿での活動を主にしている。
逆にバーツは戦士型とも呼ばれる、戦闘特化型のメディキナというわけだ。レアム・レアドなどもこちらになる。
「あとは……そうね。戦闘や治癒術で消費した魂――生命素を外部から補充するには、エルシオンでのリセットや聖殿でのリペアに頼らなければならない。これを単身で行うのは、メディキナ・ガーディアンの最上位の術と言われている」
これを習得している者は少ない。
例外として、ドロワ市でタナトスと名乗ったガーディアンが月魔石から魔力を直接引き出し、術を放ったことがある。
そしてタナトスは、イシュマイルにもこれが出来ると言っていた。
恐らくはレアムも同じ予見をしていただろう。
「――ところで、こちらからも一つ訊いても?」
話が一区切りついたところで、フィリアが少し声を落として問うた。
「メディキナ・ガーディアンについて」
「あぁ。俺があんたより知ってる事柄なんてぇのは、少ないとは思うが」
フィリアはそれでも良い、と頷いて見せる。
「……私は立場上、カーマインにも何度か会ってる」
「カーマイン……?」
ノルド・ブロス帝国のカーマイン・アルヘイトのことである。
ウエス・トール王国とノルド・ブロス帝国は同盟関係にあり、前線の将帥たるカーマインと、国王であるフィリアに面識があるのは当然ではある。
フィリアは単刀直入に尋ねる。
「カーマインは、メディキナなの?」
「は?」
ガーディアン――この場合はメディキナだが、エルシオンでの儀式で刻印を受けた者は、その時から全ての同類の名も記憶に刻まれる。フィリアは、メディキナの記憶の中にカーマインの名があるかとバーツに問う。
「いや……そんなはずはねぇぜ。確かにカーマインは適合者で、うちの師匠のかつての教え子だとは聞いてるが」
横で聞いていたイシュマイルも不思議そうにフィリアに言う。
「……どうして、そんなことを聞くんです?」
フィリアはオペレーターらしく、淡々と答える。
「私にはあなた方と違ってオペレーターの刻印がある。そのせいかしら、かえって別の刻印に関しては鼻が利くのよ」
そういうものなのか、と首を傾げるバーツである。