三十五ノ四、空の回廊
「正直にいって、貴方を恨んだわ」
フィリアは、冷たい声音でそう告げた。
「そんなことを頼んでしまった自分の短慮にも……」
イシュマイルはと言うと、言葉の意味を半々に理解して無言で頷いた。
おそらくは少女のような小さな嫉妬心と、王国の守護者を失った痛手、理由はいくらでも思いつく。
しかしオペレーターにそういった感情があるとは表に出さず、フィリアはまだ公の顔に戻って微笑んだ。
「とは言え、今の貴方は歓迎するわ。近い未来のガーディアンとして」
フィリアの目には、イシュマイルとは高い能力を持った適合者として映っている。レアム・レアドの弟子とも目される少年――その出自はフィリアにとっても謎、である。
「じゃ、フィリアにもイシュマイルの親のことはわからねぇってことだな」
「申し訳ないけれど」
フィリアも、そこは目を伏せて謝罪する。
「レアムが訪れたというオアシス村はもう跡形もない。住んでいた人々も、避難してきた人々も。ウエス・トールでは、そんなことが慢性的に起こっているのも事実……」
フィリアたちに出来ることは、古都テルグムが白い砂漠に沈下しないよう支えることと、六肢竜族の侵攻を防ぐ手助け、それで精一杯だった。
ラパンの王家は形骸化して久しいが、それでもフィリアでなければこの役目は果たせない。
一通り話したあと、フィリアたちはテルグム聖殿の礼拝堂を出て、テルグム城へと移動した。
オペレーターたちは持ち場に戻り、代わって城の付き人がフィリアを先導する。バーツ、イシュマイルもこれに続いて長い回廊を進んだ。
「こっちのお城の壁も、テルグム晶石なんですね」
歩きながら、イシュマイルが問う。
聖殿と同じテルグム晶石の建築ではあるが、壁材などで明るく装飾された空中回廊である。窓からは整然としたテルグムの市街地が見事に見下ろせた。
「もしかして、テルグムは石舟伝承に出てくる『石舟』なんですか?」
空から眺めるような景色を前に、イシュマイルがふと口にする。
フィリアが振り向き、バーツもぎょっとした顔でイシュマイルを見る。
「どうしてそう思うの?」
「……夢で。夢で見た船を思い出すんです。僕は夢で見て、触れて、覚えている」
「……」
フィリアは付き人たちの手前、あまり多くは語らない。
「そう、ね。他の街と違って、このテルグム周辺はエルシオンの色が濃いから。伝承と合致する箇所も多くて、街ぐるみでテルグム遺跡とも言われるくらいよ」
バーツも、この城の奇妙な構造には疑問を持っている。
「じゃあこの城が宙に浮いてるのも、それと関係が?」
「それも半分正解。城だけでなく、テルグムの街自体も浮いてるのよ。人の技術では、白い砂漠にいかな建造物も建てられないわ」
テルグムを支えてるのは十二本の杭とされるテルグム聖殿、そしてライブラリーの存在である。物理的に街を支える他、フィリアたちの広域防御陣などで竜族や砂虫などの侵入を防ぎ、崩落から守っている。
「へぇ……この規模の街を、ねぇ」
にわかには信じがたい話ではある。
が、このテルグムという街、そして空中にあるテルグム城はまるで雲の上で生活しているかのような浮遊感がある。
過酷なウエス・トール王国の環境にあって、この街は不思議と居心地が良い。空中回廊は重要な施設同士を繋ぎ往来を容易くするという意味でも合理的な構造だろう
そのうち、フィリアは回廊に並ぶ扉の一つに入った。
バーツとイシュマイルもそのまま通されたが、中はサロンらしく並んだ椅子と幾つかのテーブルがある。
「ここなら、長話をしても大丈夫よ」
フィリアは窓際の一席にバーツとイシュマイルを勧め、自分も傍らの一席を使う。
細かな植物模様の布が張られた、くすみピンクの椅子である。木製部分の曲線からは職人の高い技能が伺える。
クラシックな調度品がぽつりぽつりと置かれた部屋は今は閑散して見えるが、フィリアがそこで腰掛けている姿はまるで飾られた人形そのものだ。
「そういえば、さっき半分正解って言ってましたけど」
付き人の女性たちがカップを用意するのを横目に、イシュマイルが思い出したように問う。お茶席というと、アイスを思い出す。
半分正解という言葉もまたアイスがよく口にしていた。
「オペレーターって?」
(やべ、こいつが居たか)
バーツがしまった、と顔に出している。
イシュマイルは世間的にはまだ一般人の扱いなので、オペレーターという人種については無知である。
フィリアはというと、すでにイシュマイルをガーディアン見習いとして接している。
「私のような能力者のことをそう呼ぶのよ。エルシオンからの託宣や応答、聖殿での儀式――特に秘儀と呼ばれる大掛かりな術を発動させる」
「……ガーディアン、ではない?」
明確には理解出来ていない様子のイシュマイルに、フィリアは微笑ながら言う。
「私はオペレーターであってガーディアンでない。けれどオペレーターもまたガーディアン。そして……貴方たちもまたガーディアンという呼称は正しくない」
謎かけのようである。
「ガーディアンじゃ、ない?」
イシュマイルは、まずはその部分に反応した。
「えぇ。なぜなら、ガーディアンとは貴方たちや私のような存在だけではないから」
「……他にもいるってこと?」
「その通りよ」
イシュマイルからすれば、ここまで積み上げて来た知識が一からひっくり返されるような話ばかりだ。