三十五ノ三、思慕
「あんたも、周りにいる連中もオペレーターなんだな? フィリア」
フィリアを含め今この礼拝堂にいる祭祀官装束の者たちを指して、ガーディアンではないとバーツは言った。
「高速艇からも感じたあの守護の力。あんた一人の力ではなくテルグム聖殿そのものの魔力なわけだ」
これは、ドロワ市で輪が発動させたホロウ・カラムと同じ、広域防御陣の一種である。フィリアがテルグム、特にテルグム聖殿から離れることが出来ない理由だ。
公的にはフィリアはガーディアンだということになっているが、これはオペレーターという人々が、表には出ない掟となっているためだろう。
王国内ではもっぱらフィリア姫、姫様と呼ばれている。
「……よく出来たわね。でも、半分だけ正解」
フィリアはなおも微笑を絶やさないが、その可憐な声もオペレーターの常で機械的な抑揚のなさである。
そしてフィリアは次にイシュマイルに視線を移す。
「……イシュ、ね?」
間近に見るとイシュマイルよりも年下に見え、オペレーター特有の無感情な瞳でじっと見詰められると、イシュマイルも落ち着きない気分になる。
「は、はい」
頷きはしたものの、何から訊ねて良いのかすら戸惑う。
「十五年前……。貴方もここで、先ほどの子のように祝福を受けたのよ? 私が貴方を腕に抱いて、ね」
フィリアはそう言いながら、灯りの揺れる祭壇を見つめる。
あの時は、傍らにレアム・レアドが居た。
「ここでの儀式のあと、レアムは門を通ってドロワに戻っていった……私はその後のことはわからないわ。ウォーラス・シオンの方が詳しいでしょう」
「……はい」
頷くだけのイシュマイルを横目に、バーツが問う。
「フィリア。俺たちにわかるのは、ドロワやサドル・ノアでの話くらいだ。いま知りたいのはその前なんだ」
「……」
バーツの大雑把な問いかけに、フィリアは少し考えている。
「……そう、ね。私がレアムを呼び戻したかったから……かしら」
含みのある言い方でフィリアが目を伏せる。
そのわずかな仕草で、イシュマイルはアイスから聞いた話を思い出す。フィリアは、レアムに好意を持っていると。
イシュマイルは、少し距離を置いた物言いで尋ねる。
「レム……レアム・レアドという人は、ずっとこのウエス・トールで戦っていたのだと聞きました」
イシュマイルにとって、レアム・レアドはやはり未知の人物なのだと示したかった。
ウエス・トール王国でのレアムの話はシオンからも、港町の古老からも聞いた。
帝国領のシルファという場所では、六肢竜族の侵攻が絶え間なく続いている。それを防いでいるのがカーマイン・アルヘイトであり、レアム・レアドもこれに連携していたと。
「六十年前よ。まだカーマインが生まれる前の時代、竜族の侵略でこのテルグム城も落ちたの。私は命からがら、城の人たちに救われたのだけど――」
先ほどヴィダルカから聞いたのと同じ話である。
「真っ先にウエス・トールに入って、テルグムの奪還戦に加わってくれたのが……レアム。それ以降も、王国に残って竜族相手に戦ってくれていた」
「……恩人なのよ。それに、残された私たちには師のような人でもあった」
そして、ぽつりと言う。
「私にとっては……唯一、話し相手になってくれた外からの人」
色々な意味で、レアムの存在は大きかった。
「じゃあレアムの奴がドロワに居たのは」
声音に寂しさを滲ませるフィリアの心を知ってか知らずか、話を進めるバーツ。
「ソル・レアドに呼び戻されたから……でしょ?」
フィリアも手短に答えるだけである。
ハロルドのガーディアン修行のサポートをするよう、師で養父でもあるソル・レアドに命じられたから――というのはドロワでも何度も聞いた。
フィリアはこれが嘘だと知っている。ソルはおそらく、レアムに弟子を取らせたかったのだろう。レアムに欠けているものを、レアム自身で学ばせる為だ。
「――その後、師父であるソル・レアドとハロルドが次々に亡くなってしまって……。私はその頃のレアムのことはわからないけど、相当参っていたみたいで」
「で、こっちに呼び戻そうと?」
「……ドロワにいては、レアムの身も危ないと思ったから」
「……」
フィリアの言葉の裏に、さすがのバーツも押し黙った。
「このウエス・トールで竜族を狩っているのも辛いでしょうけど、ドロワに居るよりは……」
バーツに代わって、イシュマイルが問う。
「どういう、ことですか」
フィリアは言葉を選んでか、少し考えて言う。
「レアムにしてもカーマインにしても、龍人族が竜族相手に戦うというのは、とても辛いことなのよ。レアムは、それをウエス・トールの為に延々と続けてきた」
「でも多分、その後の十五年の方がもっと……」
フィリアは言い濁り、再度イシュマイルに向き直って言う。
「ウォーラスは当初、レアムがそのイシュという子を弟子にするべきだと薦めていたの。私も……それでレアムがウエス・トールに留まってくれるならと思っていた」
だがレアムは門を通り、ドロワへと戻ってしまう。
「レアムがドロワに行った後、テルグムより北側と東側は全て白い砂に飲まれてしまった。だから私から話せることは殆ど無い……」
「白い砂に? 月魔にやられたって師匠に聞いたが」
「どちらも憶測ね。痕跡から言えるのは、砂虫が村々をみんな飲み込んでしまったこと……月魔の襲撃で守護の力が切れたのか、砂虫が月魔を狙って襲ったのか。それももうわからない」
フィリアは当時の報告の内容を淡々と繰り返すのみだ。
砂虫に襲われると、その周囲には白い砂溜まりが出来て近寄れなくなってしまう。人々の往来も途絶え、そんな所を好んで巣食うのは命知らずの類だけだ。
フィリアが語ることが出来るのは、当時のレアムの様子だけだ。
「レアムが、赤ん坊だった貴方を腕に抱いてテルグムに現れた時。何かに迷っているようだった……ひどく動揺もしていて。私はそれまで、そんな彼を見たことが無かったから――」
レアム・レアドは詳細をフィリアたちに語ることなかった。
テルグム聖殿ではその赤ん坊――イシュへの祝福の儀式を行ったが、レアムはその間も心を閉ざしたままだった。それでいてその子を手から離そうとはせず、思い詰めたようにその子の顔ばかり見ていた。
フィリアはその様子を見、言いようのない不安を覚えたものだった。