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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十五ノ一、錠前

第四部 諸国巡り・弐

三十五、変化の兆し

 アリステラ市内。

 聖殿へと続く広場で、ロナウズはまだ単身で戦っていた。


 市民や滞在者の避難はほぼ完了している様子で、此処に到達するまでも人の姿は確認していない。手順通り、それぞれに建物内に籠り防戦の最中だと思われた。

 それだけに街を彷徨う魔の物はロナウズを見つけると執拗に追ってくる。


 ロナウズは、ローゼライトを深追いするあまり戻るのが遅れてしまったが、今はアリステラ聖殿を目指すのみである。 

――息が上がっていた。

 戦いの消耗もあるが、周囲の空気すら淀んでいて喉を肺を、体内から蝕んでいく。


「まるで無限に沸いてくるかのようだな……」

 アール湖に流れ込んだ禍牙の穢れた水は、加速度的に量を増していた。

 その水に触れた生き物は小さいものから順に魔と化し、怒りを乗り移らせて襲ってくる。


 プロセスは月魔と似ているが、その発生速度と拡大の勢いは通常の月魔とは比較にならない。しかも神聖加護の無い武器は、ほとんど威力を殺されてしまう。

 ロナウズがこうして戦えているのも、炎羅刀をエンチャントされたロワール鋼の武器ゆえである。

 しかし、それも双剣のうち片側のみ。


 襲い掛かる魔物を横一文字に薙ぎ払うと、同時に電撃のような光が奔る。

 双剣のもう片方には、雷光槍が宿っていた。


 ロナウズは、不意に体勢を崩して膝を付いた。

 辛うじて双剣は構えていたが、ただでさえコントロールの難しい雷光槍である。

 炎羅刀を独自に習得したロナウズであるが、無自覚の雷光槍の発動までは制御しきれていない。


 魔力の源として魂――『生命素』を削るといわれる雷光槍は、一度バランスを失うと急激にロナウズの体力を奪っていく。


――かつて。

 適合者であるロナウズに、炎羅刀たるロワール武器を持たせたのは、剣の師であり騎士団長であったセルジオ・サグレスである。特例としてロワール鋼の軍刀を与えた裏には、不調の原因が雷光槍であると見抜いたことと、炎羅刀への適正があると判断したからだ。

 セルジオは庶民の出自ながら、余りにも知り過ぎていた。


 セルジオ自身が早世したのも、適合者として雷光槍の魔力に引き込まれたためだ。表向きには病による衰弱死とされたが、適性の高い聖殿騎士には時折起こることでもある。


――同じことが、ロナウズにも起こっていた。

 館を出る時にラナドールも言っていた。

 体内を巡る気に乱れがある、と。

 もともと本調子で無かった所に、この病魔の腐素。

 レコーダーも一目見るなり「無理をさせた」と言っていた。


「……あのレニにまで警告されていたものを。我ながら……至らぬ」

 口惜しさを滲ませながら、剣を握ったまま服の中に掛けているアミュレットに手の甲で触れる。護りの石が熱を帯びているのか、胸元に暖かさが伝わった。

 アミュレットの効果なのか、心の乱れを抑えた為か多少の回復を感じる。


 周囲では一度は切り伏せた魔物たちが、また泥水の溜まりから再生してきている。

 ロナウズは蠢く泥水を横目に睨んでいたが、すぐに向き直り聖殿に続く道中の敵の数を確認する。


(……いける、のか?)

 アリステラ聖殿は、アール湖の水際に建てられている。

 広場もアール湖面を望む拓けた景色で、水の魔物はその湖からも上って来る。


 聖殿に向かう街路は此処までよりも敵の数が多く、おそらくは魔物たちも聖殿を集中的に狙って集まっていると思われた。

 聖殿の正面門は、恐らく必死の防衛戦となっているだろう。


「となれば……回り込むか」

 街路は無理、湖側の小道はなお無理、とすれば神学校と大図書館ライブラリーの連なる巨大建築の上を抜ける一手がある。

 役所横にある施錠された門扉から侵入できることをロナウズは知っていて、かつそれを禁じる規則などに拘るほど固くもない。


 なんとか立ち上がると、街路を離れて広場から抜ける。

(足にまで来ているか……)

 ロナウズは自身の変調を疲労だけではないと理解している。

 イシュマイルがドロワ市で寝込んだ時と同じ、適合者にありがちな不規則な乱れである。

 鍛え上げた剣術も、型の崩れた乱戦続きとなれば尚更。


 アール湖から離れ街中に入ると、整えられた敷石に沸く魔物の数はまだ多くはなかった。

 アリステラ市街はブロックごとに水路が通っているが、禍牙の腐水に染まり腐臭を漂わせてはいるものの、他所よりは強い魔物の発生は少ないようだ。

 盛り上がった泥水が泡立っていたり、小さな魔物が蠢いていたりといった程度。


 ロナウズはこれを無視して駆け抜けた。


 役所横の通路には優美なアーチが特徴の門扉があり、これもまた華美な装飾の錠前でもって固く閉ざされている。ロナウズはこれを軽く乗り越えて侵入した。

 実のところ、こういった行為は初めてではない。

 生真面目で外聞を気にかける騎士団長、などというイメージは当人をよく知りもしない第三者のものである。


 予想通り、ここまでくると魔物の気配は少なくロナウズは聖殿に向かうルートを最短で進んでいく。

 通路などというものは無く建物と建物の間、時おり貯蔵や仮置きに使われる程度の空間で、こういった迷路状の隙間というのはエルシオン関連の古い建築物にはよく見られる。

 無秩序に建て増して、撤去などもあまりされないからだろう。


 ほどなく、他よりは広い場所に抜けた。

 空が見え、聖殿の方向から騒がしい音が響いてくる。

「さて……ここからか……」

 息を吐き、双剣を再び抜く。気を入れ直すロナウズだが。


――突然。

 体の奥深くで軸がぶれる感覚があった。

 あっと思う間もなく、五感が狂い上下の間隔すら失い、視界に幾筋もの光が奔って見えなくなる。

 ロナウズは再び膝を付き、両手を地に、上体まで崩れるのを堪えた。


(――これは……この感覚は)

 覚えがある。


 幼少の頃から、何度となく体験した変調。

 時に意識を失い、時に周囲に不可思議な現象を引き起こした謎の発作。

 体の成長と共に安定し鍛錬も積んだおかげで症状は軽くはなったとはいえ、時折眩暈に似た発症が今もある。


 だが、今日のこれは――。

(体の……内側から……?)


 体の奥深くから何かの圧力が増し、喉奥が焼けるように熱を帯びた。

 咄嗟にラナドールのアミュレットを掴んだが、なんの魔力も感じずただの金属の塊を握る頼りなさを感じる。

 目は開いているが周囲の景色は見えず、文字のような無数の光が視界を遮る。

 耳に聞こえるのは潮騒のようなノイズの混じった何者かの声、そして自分の鼓動。

 四肢は動かせず、肉体の感覚もない。


 だが混乱はなかった。

 何が起こったかのかを、自分で理解できている。


「ついに……来た、のか……」

 呟きは唇からではなく、頭の中で響いただけだ。


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