三十四ノ七、嗤笑
ノルド・ブロス帝国。
ノルド・ノアの里――。
ノアの里が襲撃され、全てのノルド・ノア族が質とされてから半日ほと経つ。
この時期、里の夜は急激に冷えてくる。
これから夕方に迎えようという刻に、里の者たちは女子供、老人の区別なく屋外へと引き出されて地面に座って耐えていた。
「……調停人が、聞いて呆れる」
周囲に聞かれぬ小声で愚痴るのは、村長不在を任された息子――ライオネルから見て叔父にあたる男である。
他の男たちは里の者たちから離され、それぞれに距離を置いて座っていて、傍らには武器を手にした龍人族が警戒している。
いざとなれば龍人族相手にも闘う覚悟も辞さないが、目の前で弱者を盾に取られていてはどうすることも出来ない。
さりとて妙案が浮かぶでもなく、龍人側がどう動くのかを待っていた。
「……そろそろ、嘘がばれる頃合いか」
叔父がまた息を吐く。
地下の水プラントで襲撃を受け、ライオネルを見失った後。
咄嗟の詭弁で獣の扉を閉じたが「外海の海水が流れ込んだ猛毒だ」などと、飲み水を生成するプラントには有り得ない大嘘である。
他民族の襲撃者に、プラントのさらなる秘密を明かすわけにはいかない。
今の所、彼らの興味はライオネルの生死のみである。
まもなく放水の時間を迎える。
プラントの水門は日照で開閉する。大量に生成された真水が河川へと放水されれば、襲撃者たちも気付くだろう。
万一にもライオネルが水棲の肉食生物から逃れて生き延びていて、この水門の仕掛けを理解したなら……あるいは。
(なんとか……生きてさえ居てくれれば)
そう叔父は、ライオネルの命に一縷の望みを託している。
叔父が沈鬱に目を閉じていると。
里の女たちの悲鳴が聞こえた。
叔父が目を開いてそちらを確かめるより前に、上空に現れた飛竜の群れに驚愕する。
「まさか……総攻撃か」
ノア族の者たちが怯えるのも無理はなく、飛竜たちは一様にこちらを凝視している。
「やつら、里を壊滅させる気なのか?」
一体の飛竜がすい、と降下してくる。
叔父も、里の者たちも、飛竜が巨躰で岩壁に降りる様を慄きの表情で見ていた。
叔父の真後ろで、悲鳴が上がった。
身を捩るように振り返った叔父が見たものは、広がった飛竜の被膜――翼である。
飛竜がその大きな片足でもって龍人の頭を鷲掴み、鋭い爪を背中から胸部へと突き立てていた。
屈強な龍人族といえど、抵抗する間もなく血袋と化す。
「そんな……飛竜が人を!」
「伏せろ! 声を立てずにおとなしくするんだっ」
たちまちに方々で上がる悲鳴と怒号、男たちはすぐ近くにいる者を誰と構わずに庇い、皆で身を低くした。
見れば襲っているのは、襲撃者である龍人族が駆ってきた飛竜たちである。その体に鞍と手綱を付けたまま一体、また一体と暴れだして操者であるはずの龍人を襲っている。
「……どうなってんだ。龍人ども、突然に飛竜を御せなくなったのか?」
叔父も、傍らの古老を庇って身を伏せつつも周囲を警戒している。
飛竜は里のノア族には目もくれずに龍人族だけを殺していく。
身を縮めるノア族たちの頭上、飛竜たちは羽ばたき、狭い岩場で岩肌を足爪で蹴って身を翻す。
蹴り飛ばされた石礫や巻き上げられた土くれが人々の体に振り落ちた。
混乱の中、先ほど大岩に降りた一回り大きな飛竜は成り行きをじっと見ていた。
が、ある程度片が付いたと見るや再び羽ばたいて空へと舞い上がる。上空で身を翻すと、視界近くにある小高い岩場へと飛ぶ。
岩場には大小さまざまな飛竜がびっしりと張り付いて居て、里を見守っているようだった。
「あの飛竜を逃すな! 制御を取り戻せ!」
幾人かの無事だった襲撃者たちは、まだ反乱を起こしていない飛竜を抑えようと必死だ。飛竜たちがより上位の飛竜によって乗っ取られたのだと考え、取り戻そうとしている。
ノルド・ノアを襲った龍人にとって飛竜は里の制圧に欠かせぬ戦力であり、唯一の移動、逃走の手段でもある。失えばノア族からの反撃は必至である。
「……っ! この音……」
叔父は何かに気づき、頭を上げる。
視界が真っ白になり、一筋の光が落ちたのが同時だった。
轟音と重い衝撃、それが雷の一撃だと理解したのは、直撃を受け吹き飛ばされた襲撃者たちに気付いてからだ。
「か……雷、か?」
「いや……もしや、雷光槍とかいう……?」
里の者たちの脳裏を過ったのは、ガーディアンである。
――まさか、レアム・レアドが反撃にきたのか?
ライオネルの窮地を知り、ドヴァン砦を離れて?
叔父たちの視界の遠くでは先ほどの飛竜が、他の飛竜の待つ岩場に辿り着き、ふわりと降りた。
その傍らにはやはり巨大な飛竜。
巨大な飛竜の肩には――人影がある。
「……違う、ガーディアン・レアムじゃねぇ」
遠目ながら、噂に聞く赤い髪でないことは見て取れ、何よりその人物の服装には覚えがある。
先ほどの落雷にしてもそうだ。エルシオンの術――雷光槍ではないとノア族としての感覚が伝えている。似てはいるが、異なるもの――。
「さぁて……やられた分はきっちりやっとこうか」
飛竜に身を預けているその人物はそれだけ言って指一本で指し示した。
足元にいた飛竜たちが一斉に飛び立ち、生き残った龍人目掛けて襲い掛かる。
その後はただの殺戮である。
獲物を捕り損じた飛竜たちはその周囲を蝙蝠のように飛び回っては鳴き喚いた。笑い声のような甲高い鳴声が、乾いた岩場に響き渡る。