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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
333/379

三十四ノ二、炎と盾

 驚きの声を殺して身構えたのはサグレスである。

 突然に上から降ってきた大柄な人物、その身のこなしに警戒するがよく見れば長い白髪の老人である。

「……龍、人族?」

「油断するな、サグレス」

 ロナウズはすでにローゼライトを把握していたため、サグレスを庇うようにローゼライトに向き直る。


 ローゼライトはいつも掛けている遮光眼鏡の弦を癖のように触っている。

 改めて、ロナウズとサグレス二人の相を覗っている。

「……ハロルド・バスク=カッド。知っているね?」

 ともかくも、その名を口にする。

 ロナウズは言葉では答えないが表情を変え、ローゼライトはいくつかの情報を得る。


「なるほど、弟か。成程」

 観察だけでなく背後にいる何者かからの囁きを聞いている。

「たしかに。女の趣味は兄とも似ている」

「――知っているぞ、その顔」

 ローゼライトの声を遮るように、ロナウズが声を高くする。


「貴公、ローゼライト・アルヘイトだろう」

 互いに顔を合わせるのは初めてだが、特徴でそれとわかる。

「ほほう?」

「皇帝アウローラ・アルヘイトに最も近しい男……何故アリステラに現れた」

 この老人が、と覗う様にサグレスがロナウズの背を見る。

 だが当のローゼライトにはまるで緊張の色がない。


「これは素晴らしい。私の名を知っていたばかりか、それを覚えているとは!」

 ローゼライトは、ロナウズが自分の名前を記憶していることに驚き、喜びを隠さずにいる。

「さすがと言おうか、これぞバスク=カッド。あなどれぬわ」

 忘失の黒龍相を持つローゼライトにとって、誰かの記憶に留まり続けることは運命を捻じ曲げるも同義である。

 それがハロルド・バスク=カッドの弟であることも。


「信じてもらわなくとも結構だが、私はハロルドとは親交があったのだよ。彼は聡明な男であったし、ノルド・ブロスにも良く尽力してくれたものだ」

「……」 

 ロナウズはこれ以上の会話は無意味とばかり、逡巡なく双剣を抜いた。


 相手は帝国の要人である。

 慎重に対応すべき相手ではあるが、今のロナウズは聖殿騎士ではなくバスク=カッドとしてローゼライトと対峙している。


 サグレスはその様をロナウズの後ろから見ていた。

(……ロワール鋼の、剣?)

 ロナウズの双剣は、帝国から密輸同然で手に入れたロワール産の武器である。

 一目見てそれを察したサグレスもまた覚えがあるということだ。剣士を目指す者ならば一度は手にしたいと望む逸品である。


 対するローゼライトも、ロナウズの持つ双剣がロワール製であることに感心している。

「……これは面白い。金龍相のバスク=カッドに『炎羅刀』とは、抜かりの無いことよ」

(炎羅……刀?)

 サグレスも、ロナウズ自身もその言葉の意味はわからない。


 炎羅刀えんらとう

 武器の種類を指す言葉ではなく、魔術の系統の呼称なのだがタイレス族の文化には無い。


 雷光槍が槍以外にも様々に変化するのと同じく、炎羅刀も必ずしも刀や剣の姿を取るわけではない。ただ多くは金属製の武器に宿るとされ、ロワール産の武器は形状に関わらず全て炎羅刀の術である。


 つまりイシュマイルの持つサドル・ノア族の双牙刀、ノルド・ノア族の星辰刀、アシュレー達ウエス・トール王国民の曲刀なども同じ炎羅刀の属性となる。


 今も、サグレスの目には見えていた。

(――炎が……剣身から……?)

 ロナウズの手にあるロワール剣――エンチャント『炎羅刀』は、それ自体が炎を纏うかのように波紋が揺らいで見える。

(覚えがあるわ、この感覚……)


 かなり古い記憶となる。

 サグレスが初めてロナウズを見た時、ごく普通の剣から光を感じた。

 それが適合者の能力、潜在的な雷光槍だと理解したのは大人になってからだったが、サグレスがロナウズから目を離すことが出来なくなったきっかけでもある。


 それが見えたサグレスもまた、適合者としての素質があったのだろう。

 炎に似た揺らめきが剣に纏わりつく様を、驚きつつも冷静に受け取っている。


 ローゼライトもまた落ちつき払っている。

 あくまで目的は人探しであり、品定めである。

「……見事な練度……タイレス族が炎羅刀をものにするとは……」

 ローゼライトは自然な仕草で両手で祈るように手の平を合わせた。


「そちらが龍王炎羅の技を振るうのならば、こちらは『水鏡』の御力を借りるとしよう」

 言葉と共に、両手を開き大きな円を描いて空を撫でる。


 空中に、水の輪が現れる。

 続けて二度、三度と形をなぞるごとに、水の輪が円形の塊へと変わっていく。

「これぞ『水鏡盾すいきょうじゅん』――本来は闘いの術ではないが」

 ローゼライトの言葉通り、空中に水で作り上げられた丸い盾が出現する。


「み、水? なんなのっ」

「抜け! 来るぞ」

 盾に似た見た目に反し、水の礫が一斉に飛ぶ。

 至近で放たれた術ながらロナウズは両の剣で複数の水の魔弾を撃ち落し、サグレスもこぼれた一弾を剣で受ける。


――が、ただの水と思われた魔弾は岩か鉄塊のように固く重い一撃でサグレスの剣をはね飛ばした。

 咄嗟に後ろに飛び退いたサグレスだが、見れば破片に触れた肩や腕に傷を負っている。通常の剣では水鏡盾の放つ水礫にすら打ち勝つことが出来ない。

「……っ」

 無事か、と問うようにロナウズが一瞥をくれる。

 ロナウズはローゼライトの動きに注視しつつ、サグレスを庇う位置へと後ろにさがる。


 ローゼライトは、すぐには追撃をしない。

 あくまで悠然と、ロナウズたちの反応をみている。


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