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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十四ノ一、ディスタンス

第四部 諸国巡り・弐

三十四、時の空隙から

「まぁ、良い。私は本命の――バスク=カッドとやらを捜すとしよう」


 ローゼライト・アルヘイトは、持ち前の気まぐれもあってか興味を変えた。

 ローゼライトがアリステラ市に来た目的の一つに、バスク=カッドの一族を捜すというものがある。


 アリステラ市の貴族という所までは知っている。 

 地理に疎い他国でわざわざ邸宅を見つけ出して扉のノックハンドルを打つよりも、街中のどこかにいるであろう強い気配を捜す方が手っ取り早い。


 しかし。

「この気配は」

 ローゼライトの感覚は、この見知らぬ街にあってよく知った気配を捉えている。

「……甥御殿?」

 タナトス・アルヘイト。

 何故だかこのアリステラには、タナトスの存在が感じられる。


 ローゼライトは感覚を遮断し、タナトスのかすかな気を追う。


 帝国を発つ前に、ローゼライトは塔でタナトスに会って話をしている。そのタナトスの気配が、自分を先回りして大陸の反対側のアリステラに在るなど、不思議なこと。

 好奇心も手伝って、ローゼライトはしばし警戒すら怠って没入している。


「……このアリステラとやら。タイレス族の街にしては、ずいぶんと能力者が多いと見える」

 タナトスを探すローゼライトの行き先を塞ぐようにいくつもの光が邪魔をする。

 それは聖殿や騎士団、オヴェス・ノア族などの中に居る高い能力者や適合者などの潜在的な力。


「考えていたよりも、サドル・ムレスは手強いか……」

 ローゼライトは他人事のように呟く。

 さらには旧街道、新街道を抜ける龍脈やファーナム市へ続く強い流れなど、ローゼライトの予想を裏切る地勢である。


 やがてローゼライトの感覚はアリステラの街を支える龍脈に辿り着き、川の流れを辿うように気配を追った。その先には流れの落ち付いた四辻がある。


――が、突然にローゼライトは現実に引き戻される。

『見つけたぞ』

 そう誰かの声が注意を促した。


 ローゼライトは我に返る。

 視界には煙の上がる港、その港の背には色とりどりの釣小屋が見える。


 高台に近くなるほど民家があり石造りの建物が連なっているのだが、他とは流れの異なる者がこちらに向かってくるのが視える。


 気の流ればかり捜していたローゼライトだが、改めてその者の姿を肉眼で捉える。

「……ハロルド」

 口をついてその名前が出てきた。

 ローゼライトの視界の先に居たのは、ロナウズである。



 ロナウズは人目を避けて裏道から港へと向かっていたが、さすがにここまで来ると誰かしらの目には留まってしまうものだ。

 ローゼライトにも目視されていたが、もう一人見知った顔にも遭遇する。


「ロナウズ!」

 聞き覚えのある女性の声が響き、ロナウズはその場で立ち止まる。

「……しまったな」

 見つかった子供のような口調で呟いたが、その背に走り寄って来たのは自警団長のシンシアン・サグレスである。


 岬近くにある翡翠水軍ジェイドの詰所に向かう途中、サグレスも異質な気配を感じて石畳の道を登ってきていた。


「あなた、謹慎中でしょう!」

 驚きもあってサグレスも強い口調でいる。

 ロナウズも、先ほどラナドールに見咎められた直後だけに逆らわずにいる。

「……あぁ、処罰ならあとで纏めて受けるよ」

 しおらしい声音で振り向くも、見れば腰の両側に帯剣している。


 サグレスも、ロナウズとは長い付き合いだけに理解はしている。

「……じっとしてる貴方じゃない、か」

 呆れたように言い、互いに苦笑いになる。


 聖殿騎士団長と自警団長という立場ではあるが、個人的な場では言葉を交わすどころか近寄りもしない二人である。

 決して険悪な仲ではないのだが、昔のように気軽な関係ではない。


 ロナウズが聖殿騎士となった新米の頃、その団長だったのがセルジオ・サグレス団長であり、ロナウズにとっては剣の師であり恩人でもある。娘のシンシアンとも親しかったが、ロナウズがラナドールと結婚したのを境に疎遠となっていた。

 その理由は、第三者からの興味本位の目である。


「さきほど鉄鋼歩兵団マインアームズを見たが」

 ロナウズはいつも通りの口調でいる。

「えぇ、聞いてるわ。月魔への対処でしょうけど」

「……月魔だと、君は思うのか?」

 港を、アリステラを覆う違和感。

 敵は月魔ではないと考えるロナウズの問いに、サグレスも本音を口にする。

「皆はそう用心しているようだけど……少なくとも今の時点で月魔は現れていない。それは確かね」

 断言はしないが同じ判断のサグレスに、ロナウズも頷く。


「仕掛けてくるとすれば……龍人。かなり近いが、襲ってくる様子はない……」

 ロナウズも、ローゼライトの存在に気付いてはいる。

「龍人族……?」

 サグレスは先程まで龍人族の負傷者を見ていただけに、ロナウズの危機感に追いつけずにいた。


 対するローゼライトはいつの間にやら民家の屋根にいて、悠然と歩いている。

 視界には二人。

「これは美しい。金龍相が二人も」

 男の方はバスク=カッドとわかったが、女の方は――?


 もとよりバスク=カッド家の者、特に金龍相の者を捜すのが目的である。

 女の方もバスク=カッドか否かを観察している。


 ローゼライトは、龍人族にしては情の機微に聡くはあるが、当人たちすらわからぬことを推し量るほど下世話でもない。

 ローゼライトなりの判断を下すと、屋根から飛び降りて二人の前へと姿を現した。


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