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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
331/379

三十三ノ十、獣

「ひとまず鋼鉄歩兵団マインアームズも出てくれるみたいなんで、そっちは任せましょ」

鋼鉄歩兵団マインアームズが?」

 意外な名を聞き、サグレスが問い返す。


 マインアームズの名の通り、山岳地や鉱山での戦闘を前提とした部隊であり、主な敵は月魔である。鉱山労働者の組合が保有する武装集団であるが、これは坑道内での掘削作業には常に月魔発生の危険が伴うからだ。


「えぇ。鉱石船だし月魔の発生に備えて、ですかね」

 傍らで報告するのは団長付きの痩せた男で、仲間内からはグリマーと呼ばれている。アリステラ流の力強い双剣こそ使えないが、何かと気の利く性質である。


 通常、街中で月魔に対応するのは拝殿騎士団の役目である。

「……そう、か。聖殿騎士団は半分がお休み中……。手が回らないわけね」

 サグレスは何か思い出したように表情を変え、グリマーは目敏くそれに気付く。


「手が回らないのは俺らもっすよ。いま港に入ってるのはアリステラ以外の船、歩いてるのは殆どが他の街の連中……怪我人と市民の誘導だけでもあっぷあっぷさ」

「そうね。……私は負傷者の方に行くけれど、こっちはお前に任せて良い?」

「それはいいすけど」

 グリマーは尚も何か言いたげな表情でいたが、三度の爆音を聞いて任務に戻る。


「アリステラの港に似合わないスからね。すぐに片すとしましょう」

 サグレスとグリマーは、埠頭を別々の方向に急ぐ。



 その頃、ロナウズは旧街道を移動していた。

 四辻で立ち止まりはしたがレコーダーの姿は無く、港から立て続けて聞こえる爆音を聞いて旧街道を離れることにした。


――灯台岬に向かう荒れた道を進む。

 爆発が起こった船は湾内にあったが、ロナウズは別の気配を感じとって北へと向かう。岬を境に南側にアリステラ港を含む湾、それより北はかつての波止場と入り江がある。


 何より、ここを抜ければ人目につかず港へと回りこめる――はずだった。

「む……あれは」

 大勢の人の気配、部隊の姿を見てロナウズは咄嗟に岩陰に隠れる。


 見れば、アリステラの私設部隊の姿がある。

 金属製の装甲に身を固めた、手練の私兵たちである。

「あれは……鋼鉄歩兵団マインアームズ? 山地に張り付いているはずなのに、なぜ港に」


 アリステラ市は聖殿騎士団とサグレスたち自警団のほか、翡翠ジェイドと呼ばれる湖軍と、この歩兵部隊マインアームズを併せ、四つの大隊を持つ。

 任地や役目、仕える主はおのおの違うが、頭数だけならファーナム市の四つの聖殿騎士団と同等の規模となる。


 ともかくも。

 その様子から、急ぎ港に向かっているのは確かだ。

「彼らが駆け付けたか。……しかし」

 何かがおかしい。

(この強力な魔力の奔流……月魔ではない?)


 ロナウズの感覚を捉えているのは月魔特有の淀んだ死の気配ではなく、渦を巻く強い生命力――そう、何者かがロナウズの存在を捕まえている。


(見られている? 私をか)

 この不快感、覚えがある。

「この纏わり付くような視線……龍人か!」

 レニのような未成熟な龍人ではなく、相応の練度、老獪の龍人であろうとロナウズは確信する。


 だが、その目的はわからない。

 爆音を聞いた時はアリステラ市を狙った襲撃を予想したが、だとしたら奇襲の好機を無視した動きは何ゆえか。


 正体不明の龍人は、どこからかロナウズを『見て』いる。

(謹慎中だったのが幸いしたな。騎士団の中にいては、ろくに身動きも出来ないまま狙い撃ちにされていた……)

 その場合、犠牲となるのは部下の聖殿騎士である。


 ロナウズは岩陰を静かに離れ、視線の主を探る。

 最初は入り江に居たようだが、南に移動しつつある。

「だとしたら……あの爆発は上陸のための陽動か。ならば……」

 何を狙っている?


 正体のわからぬ敵を覗うロナウズは今、聖殿騎士ではなくガーディアンとして此処に在る。

 ただし、エルシオンと結び付いた番犬としてのガーディアンではない。大きすぎる力を抱えた、ただの人――檻の外にいる獣だ。



「やぁれやれ、勇ましいのは見た目ばかりか」

――アリステラ港の眺望を一目で見渡せる高台に立ち、ローゼライト・アルヘイトは成り行きを見守っていた。


 ローゼライトが貶したのは事故の対処に手を焼くアリステラに対してであり、消極的な帝国の武装船に対してでもある。

「折角……この私が貸してやった新型の兵器も、使われず仕舞いになるやもな」


 ローゼライトは一人、武装商船から降りて高台に在る。

 アリステラ湾の様子を眺めているが、港からは煙が上がっていて景色を濁らせている。


「アリステラの兵力は大きく四つ。それらを一箇所に集め、さらに港としての機能を破壊するには……」

 単純にアリステラ市を攻撃し壊滅させるだけならば、手持ちの武装船からの攻撃だけで事は足りる。

 だがそれは方法であって目的ではない。


 帝国の定期船ライナーアハルテケも、このまま事故の当事者でいればアリステラ市との関係を壊さずに済むと踏んだのだろうか。

 誰も、本心ではサドル・ムレス都市連合と帝国が真正面にぶつかり合う様など望んでは居ない。帝国が三種族による共和国であった頃から、それは変わらない。


 その点は、ローゼライトも思惑の内である。 

 適度に現場を掻き回してくれればそれで良い。

 サドル・ムレス都市連合が帝国に牙を剥くのなら、その牙を砕くだけで良い。


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