三十三ノ八、夢への足がかり
その後も半日ほどかけて高速艇ハサスラは入港することになる。
バーツたちは水先人の来た船で先に降りるという手もあったが、結局ハサスラに残りアシュレーたちと共に上陸した。
「……どういうこと?」
イシュマイルは手持ち無沙汰なまま、係船柱に腰掛けている。
「あぁ。ちょっとな」
バーツは言い濁す口調ではあるが、楽しそうにはしている。
「アリステラ聖殿から、俺たちのことは連絡がいってるはずだ。フィリアがすぐに出てこられるかはわからねぇがな」
「アシュレーさんたちも?」
「あぁ」
当初は港でバーツたちを降ろしたら、そこで仕事を完了してハサスラは帰還する予定だった。
だがアシュレーからの申し出にバーツが乗る形になり、もう暫く行動を共にする。
「なぁんか企んでるでしょ」
「そう言うなよ、十二分に世話になったんだ。礼はしなくちゃな」
「?」
波止場は他の街の開けた景色と違い、黒々とした壁に挟まれた縦に長い空間である。
複数の錨地が並列していて、フォーク並びのようにテルグムの街へ続いているわけだが、商店や宿などは壁の中にあり、互いのバースに行き来も出来る。
港だけで一つの街としても機能しており、ここではトレイダーズ・ユニオンが強い影響力を持っている。
アシュレーが言う。
「俺としちゃあさ。そろそろ王都テルグムにも拠点が欲しいんだよ」
今はオヴェスの街に本拠地を構えてはいるが、別の街にも拠点を開けば商売の幅も広がるというもの。だがユニオンでの実績はまだまだ低く、容易にチャンスは巡ってこない。
「――で、ガーディアン・バーツの出番ってわけ?」
ようやく話の見えてきたイシュマイルが、バーツたちの後ろを歩きながら問う。
「口利きってやつ? バーツ、そんなことできるの?」
「おう、戦闘だけがガーディアンの役目だと思うなよ?」
アシュレーも後ろにいるイシュマイルに振り返りつつ言う。
「俺たち商売人同士の仲介を、ガーディアンがやるわけだ。中々面白いだろ」
バーツの役目は店舗のオーナーとの交渉に立会うことだ。
アシュレーのような旅商はまずは店を借りるところから始まり、軌道に乗れば買い取るという流れになる。
実際に間に入るのはテルグム聖殿であり、フィリア・ラパンからの使いの者だったりするわけだが、ガーディアンの口から聖殿への貢献度や有能さを並べ立てれば、大抵のオーナーはまず首を縦に振るだろう。
フローターズであるトレイダーズ・ユニオンと聖殿、エルシオンの付かず離れずの関係がここにも見られる。
イシュマイルが呆れたように言う。
「どうせならテッラさんたちオアシスも航路に入れればいいのに。エルさんも居るし、よっぽど確かだと思うけど」
「お? 面白いな、それ」
バーツは皮肉をものともせず、アシュレーに向き直って言う。
「アシュレー、いずれアストライオスを取得するんだろ? 各地に拠点を置くってのも面白ぇかもしれんぜ? どこの国のどの街にもルトワの店があるってな」
気軽に言うバーツに、アシュレーは鼻で笑う。
「面白ぇ案だが……それ、間違いなく常連はまともな客じゃねぇな。ハンター崩れか、ガーディアンくらいだろ、そんな酔狂な客はよ」
そして、付け足した。
「でも、たしかに面白いかもな」
結局、聖殿で合流するはずだったフィリア・ラパンからの使者とは予定外に市街地で会う羽目になり、多少の変更はありつつもラパン王家の居城へと向かうことになる。
ラパン城までは距離があり砂地の多い飛び地に行くこととなるが、移動の手段はラパン王家が提供する手筈になっている。
バーツもイシュマイルも、この先は案内されるがままに従う。
一方、アシュレーは暫くテルグムに滞在する予定でいる。
店舗の交渉以外にも、商談やハサスラのメンテナンスなどやることは多い。万一バーツたちの予定に変更があった時に対応するためでもある。
「あんま、砂漠の名物料理を提供できなかったな」
アシュレーは残念そうに言うが、今回はその時間もない。
「次にウエス・トールに来るとしたら、ドヴァン砦が片付いた後……かな?」
アシュレーの言葉の裏には、アーカンスの存在がある。
父アカルテルが一族の全てを管理していることもあって、アシュレーは自分より歳下の親族はみな弟や妹を見る感覚でいる。
その中でも唯一の騎士であり、戦場という異なる戦いに関わるのがアーカンスである。アシュレーにとってドヴァン砦のことは、他人事ではない憂事なのである。
バーツは、ひとまず頷いて言う。
「それもあるが……。まずはファーナムでのゴタゴタが先かもな。フィリアに会ってみねぇとわからねぇが、帝国に向き合う前にテメェんとこの問題が山積みだ」
「知ってる。散々愚痴は聞いてるさ」
他の兄弟、従兄弟たちから伝わる情報の諸々を、アシュレーもハサスラのクルーたちも故郷の家族の事として受け取っている。
ユニオン経由で入ってくる情報とはまた違った血の通う情報である。
ともかくも。
長々とした挨拶などは抜きにして、砂船乗りたちと握手など交わしてから別々の方向へと分かれた。イシュマイルが振り向くと、風を切るように歩き去る砂船乗りたちの背中が見えた。
互いに気軽でいるのは、同郷ならではの馴染んだやり取りのせいか。
「じっさい、すげぇ話ではあるよな」
バーツは笑いながら言い、横で歩くイシュマイルはどういう意味か、と顔を見上げる。
ここ暫くはアシュレーがバーツと並んで歩くのが定位置となっていたため、イシュマイルも久しぶりに真横を見上げて話をしている。
「だってよ。遠くに来た実感ねぇよ、行く先でルトワに会うってな」
その点ではイシュマイルも同感である。
あまり初対面という感覚では無かった。
「……そのうち、さっき言ってたことも本当になるかもね。アシュレーさんの行動力なら」
アシュレーの悲願が父であるアカルテル・ハル・ルトワを追い越すことなら、各地に店を置くというバーツの思い付きは中々に悪くない目標になるかも知れない。
とはいえ、まだまだトレイダーとしては駆け出しの身。これからである。