三十三ノ七、神の指先に
「エルさんの言ったこと、覚えてる?」
赤岩一族の洞窟でテッラの傍らにいた帝国人は、自分を旅商にして研究者だと名乗った。
「ノルド族って名乗ったよね、エルさん」
「あ? あぁ、そうだな」
いぶかしむ口調のイシュマイルに、バーツがどうしたのかと振り向く。
「だとしたら、さ。……ライオネルって、なに?」
イシュマイルが気になっていたことを切り出した。
「ライオネル? というと帝国の?」
ドヴァン砦のことを考えていたバーツには、すぐに言葉の意味がわからずにいる。
「そう。ノルド・ブロスの皇帝アウローラは、帝国内の三種族の族長筋から奥さんを娶ったんでしょ? タイレス族、龍人族、ノルド・ノア族のそれぞれから」
「あぁ」
「エルさんの言葉通り、ノルド族っていうのが龍人族と別の種族なら」
「――『発現の法則』が正しいなら、三人とも赤い髪の龍人族になるんじゃないの?」
「……」
バーツもようやく理解する。
「……そう、だな」
三種族のうち、最も発現が強いのは龍人族。
龍人族とノア族を両親に持つライオネルに、ノルド族の特徴は発現しないはずである。
イシュマイルはドヴァン砦で直接ライオネルに会っている。
バーツも同じ戦場で互いが視認できる距離で邂逅している。
ライオネルは、銀髪の龍人族――エルが言うノルド族の特徴だった。
そして、皇太子タナトスも。
「これまで赤髪の龍人と銀髪の龍人は同じ種族だと思ってたから、気にもしてなかったけどさ」
エルの言葉通りならば話は変わってくる。
エルは、ノルド族とはその龍人族と対等に発現する四つ目の種族だと言った。
出自に偽りがあるとするなら後継者問題の火種にもなろうが、そのような動きは聞いたことがない。少なくともバーツの耳には。
「なるほど、なぁ」
バーツは適当な相槌を返しているが、頭では別のことも考えている。
そもそもガーディアンから生まれた子が成人まで生き延びる事自体が珍しく、それも三人揃って同時期に生まれている。
以前ロナウズも同じ疑問を口にした。
これらの問題を同時に解決する答えがあるとすれば――。
(――まさか……刻印に細工がされた?)
前例を聞いたことはないが、不可能ではないと知っている。
だが、言葉にはしなかった。
ガーディアンとして、迂闊に口にすることではない。
「確かに……変だよな。お前の言う通りだ」
「……」
バーツはひとまずそれだけ言い、イシュマイルを見る。
イシュマイルはというと、やけに冷たい瞳でバーツを見ている。
(……読まれたか)
頭の中の考えを――バーツは背に冷たいものを感じたが、イシュマイルも最初からその答えに辿り着いていたのかも知れない。
イシュマイルも、そうやって生まれてきたイレギュラーなのか、と――。
様々なことが、この一点で納得出来る。
バーツは片手で顔を撫でる仕草でいる。
「……まぁ。それも、エルの言うことが本当なら、な」
言いにくそうに、それだけを言う。
「それもって?」
「ノルド族とかいうのが、本当に存在するのかってことさ。俺らがここで三人の出自を疑うなら、帝国内ではとうに騒動になってるだろうしな」
「……うん」
「少なくとも、俺はノルド族なんて聞いたこともない。エルがどこまで信用できるのかも、まだわかったもんじゃねぇしな」
バーツはひとまず結論を出さなかったが、頭の中にまた一つ荷を積んだ。
――翌朝。
夜を通して高速艇ハサスラは白い砂漠を進み、明るくなる頃には王都テルグムの影響圏に入っていた。
テルグム聖殿からの加護により、白砂漠にあって砂虫などの危険からも守られるほか、船の性能にもプラスの効果が得られる。心なしか体調も良くなったように感じた。
「これが、フィリア・ラパンの力か」
バーツはこれまでフィリアと面識は無いが、師であるシオンからは聞かされている。
フィリアは、バーツやレアムのような戦闘面での能力は低いが、大規模な防護陣を張り、後方から加護を与える支援を得意としている。
砂船乗りの一人が、バーツに言う。
「本当に。ここに来ると、これがガーディアンの力だって実感するよ」
「だな」
バーツは笑って頷いたが、フィリアの力の大半は聖殿とセットになっている。故にフィリアは王都を離れることが出来ない、特殊なガーディアンでもある。
「水先人の乗船を待つ。バーツたちは下船の準備でもしててくれ」
アシュレーはそう言うと、速度を落としたハサスラのブリッジで、艇長と並んで砂の深度を確かめている。
バーツは邪魔をしないよう離れて窓際にいたが、遠目にも街が広がっている様子が見てとれた。
「……なんだか、前に見た砂船に似てるね」
イシュマイルはまだ朝食の最中だったが、街が見えてきたと聞いて飲みかけのカップを手に窓に張り付いている。
「あぁ。成程あれがテルグム晶石の建築群ってわけだ」
「うん」
砂船や赤岩一族の岩窟住居――クロウラーはすでに劣化したテルグム晶石の建造物だったが、王都テルグムの城壁はそうではない。
朝陽に白く輝く砂地の上に、黒く照り返る厳しい構造物が立ち並ぶ。
聳え立つ岩壁がフォークのように何枚も砂海に張り出しいて、その全てが波止場であり、突堤である。往年には大型の砂船が無数にテルグムへと出入りし、それらを振り分けて迎え入れる玄関口でもあった。
テルグムの港は、石造り特有の威圧感があり勇壮である。
王都テルグムの街並は、そのさらに奥にある。
港の印象とは裏腹に、少女のような可憐な外見の女王が治める街だという。