三十三ノ六、強き者たち
イシュマイルは借り物の安全帯を所定の位置に戻し、砂避けの装備を一通り外して一息ついた。
部屋に戻ろうとしたところで、気を利かせた砂船乗りが三人に飲み物を運んできたので、そのままブリッジに残ることになる。
隅にある席に座って、バーツたちの話を聞くともなく聞いている。
「そういやぁ、ハサスラの話で『アウルを失って、魔人となった』って言ってたが」
「あぁ。元はエルシオンの民――『天機人』だってことだろ」
ピュリカとは龍族の言葉でうつろう者、儚い者を指す言葉である。古代龍族はエルシオンの民のこともこう呼んだ。
天機人とは天上たるエルシオンと、彼らの技術力を表す呼び名だ。
金属製の鳥アウルのことを、アシュレーは飛行型ギミックではないかと推測した。ハサスラ伝承の超人的な逸話の多くは、天機人の道具ではないかというわけだ。
「ハサスラは最初、各地で暴れていた『砂漠の魔物』を退治しながら、地上の人族の為に放浪していたらしい。アウルは常にハサスラの傍らに居たわけだ」
砂漠の魔物は、この当時から物語に登場する怪物である。
アウルはこの人型の怪物を狩り、その金属の体を食らう者として描かれていた。
アウルは人族を守る守護者ではあったが、その存在が失われた原因もまた地上の人族である。
多くの魔人伝承がそうであるように、ある日を境に突然に人族との関係が崩れる。
ハサスラの時は、アウルが射落とされた事だった。
「アウルの姿が砂漠の魔物にそっくりに見えたんだろう。人族は次第にハサスラに恐怖心を抱くようになり、彼女こそが魔物の首魁だとしてアウルを矢で撃ち落し、殺したんだ」
「はぁ?」
「……ひでぇだろ? で、聖なる力を失ったハサスラは北の迷宮に篭り、以来『迷宮の魔人』と呼ばれる存在になった。近付く者を容赦なく殺すってな」
強大な力故に恐れられたハサスラを、人々は除こうとして『北の迷宮』へと乗り込んだ。
伝承では、この迷宮から生きて帰った者は居ない。
ハサスラの話はここから大きく方向が変わる。
「その後についてはあやふやなんだが、ハサスラが死んでから『砂虫』が現れるようになったらしい」
「砂虫は迷宮でハサスラに仕えていたとかで……砂虫が砂船や家々を飲み込むのは、ハサスラの復讐のためだとか、バラバラにされたアウルの体を集めるためだとも言われてる」
砂漠の冒険譚に登場するハサスラは、美しいが恐ろしい怪物として描かれる。
砂漠の魔物、そして砂虫をも操る者だという――。
「……魔物の話から、急に砂虫が出てくるんだな」
バーツは眉を寄せて難しい顔をしている。
「あぁ。砂虫ってぇ存在自体、ハサスラ伝承以降の産物らしい。物語の怪物としては、な」
「魔人の話なんて荒唐無稽なもんさ」
アシュレーは物語だと切り捨てるが、現実的な面もみる。
「北の迷宮が砂虫の巣だと言われるのも、ハサスラ伝承が元になってるンだろうよ」
「なるほどねぇ。んで、『砂漠の魔人』の方はハサスラが現れる前から人を襲っていたわけか」
それまで聞いているだけだったイシュマイルが、ぽつりと口にする。
「ハサスラって魔人、特に悪いことしてない風だよねその話」
やはり思う所は同じである。
「そうだな」
アシュレーはイシュマイルに振り返って言う。
「魔人伝承は大方そうだぜ。基本的に人助けしかしてないのに、その強すぎる力で一方的に恐れられて厄介事になるんだ」
そしてこう付け足した。
「――今で言う、レアム・レアドみたいにな」
「……」
唐突にその名を挙げられて、イシュマイルは驚きの表情でいる。
ここまで幾つも噂の類を聞いてきたが、ウエス・トール王国でのレアム・レアドはサドル・ムレスの時とは大きく印象が違う。
ウエス・トール王国民の感覚では、レアム・レアドはやはりガーディアンであり王国を守る偉大な戦士であり、同時にその力をもって頼られ、畏れられてもいる。
「砂漠の民からすりゃあ、今の世の赤髪の魔人だぜ、あいつは」
厳密にはガーディアンと魔人は別物、である。
だが人々にはそうではない。
百年という長い月日が、一人の人物を人の世から遊離した存在へと飾り立てるのである。
「――赤髪の魔人、か……」
バーツがふと口にする。
夜半になり、宛がわれた客室に戻ったバーツとイシュマイルであるが、同じことを考えていたようだ。
イシュマイルを気遣ってかレアムの名を口にしないようにしているバーツだが、改めてその能力の高さを考えずにはおられない。
一度直接戦って身に染みているだけに、尚更である。
(俺に何とかできる相手なんだろうか……)
バーツの当て所もない難題は、ガーディアンとしてではなく聖殿騎士としてドヴァン砦の解放を目的としているからだ。
テッラもエルも、バーツのことを騎士だと言った。
ドヴァン砦攻略戦の合間を縫ってウエス・トール王国まで足を運んだ理由は、イシュマイルのためと言いつつも実質はレアム・レアドへの対応策のヒントを探るためだ。
「……」
バーツが黙りこくって深い息をついているのを、イシュマイルは子供らしからぬ目で見ている。
(一杯一杯って感じだな)
テッラは幼子の癇癪を鼻先でいなすようにバーツを扱っていたが、イシュマイルから見てもこの大柄な男は時折子供っぽく感じることがある。
「……ねぇバーツ」
バーツがあまり考え過ぎる前に、イシュマイルは話題をそらそうとしてか話し掛けた。