三十三ノ四、闇にひそむ者
「ずっと……里の奥には、三賢龍の亡骸があると聞かされてきたのに」
「そうだな……」
ライオネルの力ない呟きに、叔父も同意してか頷いている。
(イーステンの遺跡で見たあれは……やはり三賢龍では無かった? だが……)
それならば何故、サドル・ノア族はあの遺跡を守っていたのか。
エルシオンの技術で造られたと思しき、巨人建築に似た龍座――。
「……」
叔父は、考え込んでいるライオネルを見ている。
かつて自分も同じ表情をしたのだろう。
初めて此処に降り、この景色を目にした時に感じたものは驚きと落胆が半々だった。
だが叔父はというと、ライオネルほどには深刻には捉えなかった。
「……言ったろ、期待しすぎるなって。遺跡としては神聖で貴重なものだが、それで世界がひっくり返るようなことはないさ」
「……」
ライオネルはまだ考えている。
「……この洞窟、他にも続いているんだろうか?」
「あぁ、天然洞窟と繋がっているらしい。だがとても把握出来るもんじゃないな。俺たちの役目はこの設備を守ることと、里の者が迷い込まないよう見張ることだ」
ライオネルは、プラットホームの手摺り越しに真っ暗な下を覗いてみる。
「この下は?」
「水路だ。……おい、老朽化してるんだからあまり体重を掛けると――」
不意に叔父が言葉を切る。
「ライオネル、しゃがめ。早く」
短く言いながらライオネルの肩を掴み、自分も姿勢を低くして片膝を付く。
「……」
そのまま、叔父は闇に広がる空洞を見ている。
「ライオネル。そこの、灯りを落とせ。消すんだ」
「これ?」
言われるままに、腕を伸ばして照明のスイッチを下げる。
途端にギミックの稼動音が静まり、洞内を照らしていた灯りが一斉に消えた。
光と共に、音も無くなる。
遠くから低い振動音だけが伝わるのは、送水用のギミックが動いているからだろう。
プラントの周囲にはぽつりぽつりと小さな灯りが見えるが、その僅かな光の中で黒い影が動いたように見えた。
「――今」
「静かに」
ライオネルは叔父に従いつつも、片手で眼鏡の弦に触れる。
(……生き物の反応……。だが、この大きさは)
何かが、巨大な配水管の影に潜んでいる。
人型の月魔かと思われたが、月魔の反応ではなく魔物の類でもない。
こちらを窺い、警戒している様子がこの距離でも伝わってくる。
「小柄な……人? 女か、子供のような」
叔父は思い当たる節があるらしく、頷いた。
「……ここはな。俺たちノア族だけの聖地じゃないんだ……。今日は本来、俺たちが入る日じゃない。彼らを怒らせたくない」
彼ら――叔父は、複数の存在を匂わせた。
ライオネルは詳しいことはわからないままに、ひとまずは頷いてみせる。
「出よう」
叔父は低い姿勢のまま、出口に繋がる階段に向かう。
ライオネルはまだ先ほどの影を目で追っている。
(ノア族ではない、人……龍人族? いや、それとも)
タイレス族?
そう考え付いて、ライオネルは思い当たる。
(もしや――『案内人』とかいう)
噂程度に聞いている。
帝国領の南部には洞窟が多く、昔からまつろわぬ者たちが隠れ住むと言われていた。
この話には尾ひれが付いて、帝国領のどこかに抜け道があり国内外への脱出を請け負う者たちが居る、と実しやかに囁かれていた。
彼らは定住者たちの生き方とは相容れず、逃亡者に加担し、時に迷い込んだ旅人の命を奪うのだという。
真偽のほどはわからないがライオネルとしては居ないはずがない、と考えている。だが、それをわざわざ為政者の息子に教える者も居ない。
(調べてみる価値は……あるか。思わぬ収穫があるやも)
ノルド・ノア族の遺跡に関しては空振りだったが、全くの無駄足とはならずに済むとライオネルがプランを考えていると――。
「ライオネル!」
出口の扉を開いた叔父が、またしても警戒の声を上げた。
ライオネルが何事かと振り向く前に、社前に居るはずの従姉妹たちの悲鳴が聞こえる。
「――上?」
ライオネルは、プラントの影に居る何者かに気を取られ、下を警戒していた。
だが本当の敵は上、社の扉を通って追いかけてきた者達――。
突然に入り口から武装した集団が雪崩れ込んできた。
「逃げろ! 軍隊だ!」
叔父が叫ぶより早く、ライオネルは複数の刃をかわしたが、その勢いのままプラットホームの下へと落下する。
同時に、叔父も突き飛ばされて装置に激突し、昏倒した。
意識が途切れる寸前、何かが水面に落ちる音が聞こえる。
(――ライオネル……!)
ライオネルはかなりの高さから水に落下したようだ。
数秒ほど経ったか、再び叔父が意識を取り戻すと、目の前には十人ほどの武装の者たちが抜刀のまま周囲を警戒している。
「正気かよ……なんてことを……」
叔父は痛む体で立ち上がろうとするも、武器を突きつけられてまた座り込んだ。
見れば、襲撃者は旅人が着る外套を羽織ってはいたが、その下には飛竜族を駆る際の飛行服を身に付けている。
襲撃者は、空からノルド・ノアの里を襲ったのである。
「……龍、人族か。なんでこれを見落とすかね」
叔父は無抵抗を示して両手を見せたが、族長代理としての立場は忘れていない。
「お前ら、此処がどんな所だかわかってやってるんだろうな? ノルド・ノア族への攻撃として対応させて貰うぞ」
対する襲撃者はというと叔父の言葉には反応を見せず、ライオネルが落ちた方向を顎で示して言う。
「灯りをつけろ、死体を確認する」
「無理だね」
叔父は感情を抑えてか、憮然としている。
「見てわからねぇのか。この高さの崖だ。しかも下は外海の海水が流れ込んできてる。猛毒の水の中には水棲の魔物――落ちて助かる道理があるか」
「……我等がそれを信じると?」
「なら勝手に降りて捜すがいい。下に着く頃には月魔になってるさ」
襲撃者たちは灯りを下に向けて確認している。
洞内は暗く、水中の様子は確認できないが水音と共に飛沫を上げて何かが激しく蠢いている。叔父の言う水棲の魔物とやらが互いに争いながら何かを喰らっている。
水面近くには湿気を多分に含んだ靄が漂っているのが見て取れた。
これが外海の毒ならば、時間と共に立ち昇ってくる。水面の魔物の数も増える一方らしく騒ぎ立てており、洞窟内に長くいるのは危険だと襲撃者たちは判断した。
「まぁ、良い。ならば来てもらおうか、ノア族の者」
「……ふん」
叔父はようやく立ち上がり、襲撃者に肩を掴まれながら扉をくぐる。
痛む肩を乱暴に押されて、叔父は憎まれ口を叩く。
「赤い髪か……カーマイン派のお出ましとはな」
「黙れ」
全員が石階段側へと出ると、叔父は石の扉を示して言う。
「ここは塞ぐ。夜になれば月魔が登ってくるからな」
「いいだろう。やれ」
そして、獣の印の入った石の扉は閉ざされた。
石階段を登り切った先では、社の前で娘たちが他のノア族の女と共に待っていた。襲撃者たちは、ノルド・ノアの里の者を全て虜としたのである。
ライオネルの死を確認するまでと、全員が人質とされた。
炎羅宮レヒトに居る族長レナードや三賢人らがこれを知るのは、もっと後にことになる。




