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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
324/379

三十三ノ三、岩窟の社

 ノルド・ノアの里は、外海から帝国領を守る長大な山脈の懐にある。

 地形自体はファーナムと似ているが、山肌に街を作ったファーナムと違いノルド・ノアの里は裾野の崖に張り付くように作られた。


 粗い岩肌を掘り込んだ窪みに、家屋が収まるように連なっている。付近には大小様々に深い洞があり、洞穴と坑道が入り組んで天然の迷路の如くである。


 神聖な祠は里の深部の空洞地帯にある。

 洞窟の中に木造の社が建てられていて、いつも祭儀はその扉の前で執り行われる。


 ほの暗い洞窟に篝火を灯す美しい祭りが節ごとに行なわれるが、社の中にも小さい石の祠があり、空間が続いていることは、族長筋の者しか知らない。

 資格の無い者が迷い込めば命に関わると言われ、その入り口は固く閉じられてた。


 叔父は、遺跡の内部に入るために自分の娘を二人連れてきた。

 ライオネルの従姉妹にあたる女たちは、扉を開く巫女役である。長命な龍人族であるライオネルに比べると、同年代の彼女らは年嵩見える。


「私一人でも扉は開けられるが――」

 そうライオネルは抗議したが、叔父は首を横に振って言う。

「駄目だ。遺跡に入るには二つの扉がある。片方は花、片方は獣。花の扉を開くのは女の役目で、男は獣の扉を開く――それが決まりだ」


 サドル・ノア族の遺跡では、花の形をしたギミックをライオネルとレアム、ロロラトが協力して開いたが、それと同じような仕掛けがノルド・ノアの遺跡にもあるらしい。


「……釈然としないけど。決まりなら従うしかないね」

 ライオネルはそう言いながらも、従姉妹たちが二人掛かりで儀式を行なう様子を見ていた。まどろっこしいと感じているが、納得できる部分もある。

(役割を振り分けることで、安全装置になってるのか)


 花のレリーフの施された石の扉が開くと、下に向かって荒れた石階段が伸びているのが見えた。

「獣の扉はこの下にある。いくぞライオネル」

 叔父は巫女役の娘たちをそこに置いて、先に階段を下りていく。

 サドル・ノアでは長いスロープを降りていったが、それに比べると距離はそう長くはないようだ。それぞれの遺跡は構造こそ似ているが、様々な面で違いがある。


 ライオネルは従姉妹たちに会釈だけ残すと叔父の後に続く。

 獣の扉と呼ばれた石の塊の前へと下り立つ。見た目には坑道を塞ぐ大岩のような無骨さである。

 ギミックの常で、石塊には浮浅彫りで紋様が施されていたが扉らしさはない。

「これは……」


 サドル・ノアでは扉にプレートがあり『龍座』という言葉が特殊な文字で彫りこまれていた。

 だがここではライオネルの知識を使うまでもなく、誰でも読める文字が紋様の中に掘り込まれている。

「――『水』?」

 ライオネルは訝しんで叔父を見る。

 叔父は肩を竦めて苦笑いすると、片手を獣の紋章へと重ねた。


 ほとんど音もなく石の扉が横に滑って開く。

 途端に、地下水の独特の香りと湿気を嗅覚が捉えた。

「……井戸? いや、違うな……」

 戸惑うライオネルをよそに、叔父は細い入り口をくぐって中へと入る。


 金属製の急な階段を下りると、足場がある。

 照明などの操作盤を扱うプラットホームになっており、そこから見える景色はただただ広い洞窟に、円筒状のプラントが立ち並ぶ空間だった。


 叔父の足音が洞窟内に響くのを聞きながら、ライオネルは理解がおいつかずにいる。

「なぜ……こんな所に、水プラントが?」

 構造物としては、たしかに古いものである。

 だがサドル・ノアで見た龍坐とは、全く違う別の施設――。


「人が……いや生き物が生きていくのに、絶対に必要なものはなんだと思う?」

 叔父は、洞内の照明を点けながらライオネルに問う。

 ライオネルが答えるまでもなく、叔父の求める答えは『水』だろう。

「この大陸に、圧倒的に足りなかったものは水だったそうだ」


「水……?」

「あぁ。三賢龍とノア族が各地に里を興した時。何よりも先に作ったものは、水を発生させる装置だったそうだ」

 ライオネルは叔父の話を理解はしつつも、納得できずにいる。

「ここが……その水プラントだと?」

「うーん、まぁ。ここにあるはあくまで建て増したプラント部分で、濾過や送水のための施設らしいが」


「大元の水を発生させる装置自体は三賢龍が作り、ノア族が管理を任されたものだとか」

 ライオネルが聞かされてきたノルド・ノア族の歴史には無い部分である。

「俺たちノルド・ノア族に求められたのは、水を巡る争いを起こさないための調停人としての役目――」

 調停人――その言葉にライオネルの表情が変わる。


「土も水も足りない大陸にあって、人が住める場所を切り開いていくのがタイレス族、それを守って戦うのが龍人族の役目だった。俺たちノルド・ノア族は彼らを繋ぎ、支えるために、この水源を隠し、守ってきた。俺はそう聞いている」

「……」

 ライオネルは、腑に落ちないという表情でいる。


「サドル・ノアの村でも幾つか伝承は聞いたけど……それと比べてもまるで別物だ」

 龍坐のこと、古代龍のことなどは口にしないライオネルである。

 叔父も、サドル・ノアに関しては興味は惹かれるが今は何も訊かずにいる。

「それはそれ、かな? 同じノア族でも、環境が違えば役割も違うのかも知れんしな」

「……調停人、か……」

 龍族が、ノア族にそのようなことを求めるだろうか、とライオネルは考えている。


 詩であれ歌であれそのような表現のものに覚えがなく、言語や伝承の研究者であるライオネルにとっては後味の悪い違和感だけが残る。


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