三十三ノ二、二つの道
ライオネル・アルヘイトはその頃、ノルド・ノアの里を訪れていた。
計らずも祖父である族長レナード・アナスタシアと入れ違ってしまったが、ライオネルも里の者たちも族長招請の理由は報らされていない。
何より、ライオネル自身にも焦りがあったのかも知れない。
(確かめるべきは……ノルド・ノアの里にあるはずの、龍座――)
サドル・ノア族の村、その奥地にある聖地をライオネルとレアム・レアドは探索した。
そこには『龍座』と記された遺跡があり、古代龍らしき大型の龍族と遭遇した。レアム・レアドはそれを、今も生きる三賢龍の一柱だと断定した。
ライオネルはそれを鵜呑みにしたわけではないが、否定する論拠も得られずにいる。
(あれが三賢龍だと言うならば、ノルド・ノアの里にも同じ遺跡があり、似たような龍族が眠っているはず……)
ライオネルの目的は、それを実際に目で見て確かめることだ。
「ノルド・ノア族の守る遺跡、内部に入らせて貰いたい」
ライオネルは、里の重鎮を前にそれだけを要求した。
族長レナードとその相談役である三賢人は不在。
族長を代行するのは族長筋であるアナスタシア家の男衆――つまりはライオネルの母クロエの弟や従兄弟達である。
ライオネルにとっては叔父にあたる者が直接交渉に応じた。
「なぜ、今なのだ?」
レナードの留守中にという意味もあるが、ライオネルの現状に対しての言葉でもある。
何事もなければ儀式や祀りのために里に戻ることもあろうが、今のライオネルは前線を任された指揮官であり、ドヴァン砦は厳戒の只中にある。
頼みのレアム・レアドも、ライオネルに代わってドヴァン砦を守っているため今回は同行していない。
ライオネルはごく少数の護衛しか連れて来ていなかった。
その護衛も今は扉の外で待機しており、ライオネルの周りにいるのは全てノア族の親族である。皆見知った顔であり、里の奥深くの集会所は身の安全を信じられる場所である。
「……今だから」
ライオネルらしくなく、短く答える。
「今? お前や、お前の民の命が掛かっている重大な時に?」
「えぇ」
ライオネルも、事の内容をどう切り出したものか考えている。
祖父である族長レナードが此処に居れば、何も問題はなかった。
つい先頃に、サドル・ノア族の守る遺跡に入ったこと。
そこで古代龍らしき何者かに会ったこと、ずっと聞かされてきたノア族の伝承に間違いがあるかも知れないこと――。
全てを祖父に直接尋ね、自分の目で確かめるための許可をも得られたはず。
せめてレナードの帰還を待つ時間があれば――。
「何者かが、私を急かす……。自分たちは何を守ってきて、何のために戦うのか。それをその目で確かめろと」
「守って、きたもの……?」
叔父の横で聞いていた男が、ライオネルの言葉に問いを返す。
「何を疑問に思うことがある? 賢老さまがつどつど仰るではないか。我等の守るものは歴史である、と……。三賢龍と古きノア族は力合わせて里を興し、そこから旅立った人族がタイレス族として繁栄した。我等が守り伝えるものは、形無きもの――」
「……」
ライオネルは多くは聞かず、また話もしなかった。
ただ、静かに頭を横に振るだけだ。
「時間は取らせない。もとより、私がここにいられる時間は多くない。扉を開いてくれるだけで良いんだ。一人で往き、すぐに戻って来る」
「しかし、扉の奥は入り組んでいる。一人でなどと」
「やり方は、わかっている。正しい導きを受けられれば、そう難しくはない」
皆には言えないが、一度は試した方法である。
「……もう一つ、確かめたいこともあるんだ。正しく導きを受けられたなら、私もアナスタシアの男だということだ」
「アルヘイトとアナスタシア、どちらが私の道なのか……どうしてもその迷いが晴れない」
「ライオネル……」
期せずしてライオネルの本音を聞き、男衆はそれ以上は言わなかった。
叔父が、折れたように頷く。
「……わかった。俺の責任で入れてやろう。ただし、俺と二人で行く」
男衆は驚いたように叔父を見たが、ライオネルは無言でいる。
「まぁ、親父殿でもそうしたろうさ。ライオネルが自分で考えて望むのならば、俺がそれを阻む理由もない」
叔父はそう言って立ち上がり、それを合図に男衆たちもこの会合を解散する。皆それぞれに仕事や役割があり、話し合いが済んだのならば戻って続けるだけだ。
叔父は改めてライオネルに言う。
「……俺の知ってる甥っ子は、もう少し剽軽で賢しいヤツだが。それがこうも思いつめた顔で口下手になるンだから、よっほど堪えることがあるんだろうさ」
そして小声で付け足した。
「だがな。あまり過度な期待はするな? 俺もあの遺跡には入ったことはあるが……大した物は見られやしない。明快な答えを望むとガッカリするぞ」
ライオネルも、それには薄い笑みで言い返した。
「ノア族が……『物』を見てがっかりするなんて、おかしな話だ」
「おぅ、それもそうだな」
本当に大切なものには形はない、それがノア族の価値感である。
子供だと思っていた甥に的確に突かれては、叔父も苦笑いをするしかない。