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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十三ノ一、三賢招来

第四部 諸国巡り・弐

三十三、分断の始まり

 ノルド・ブロス帝国。

 現在、この国の中枢となるのが炎羅宮レヒトと呼ばれる多種族の手から成る建築群である。


 住んでいるのは龍族だとされるが、ここを建てたのは龍頭亜人――類人龍であり、龍人族でありタイレス族である。巨人建築に似て一つ一つの部屋は巨大だが、細部の造りは人族の大きさに合わせて緻密である。


 一組の男女が、この古くて新しい場所を訪れていた。

「……相変わらず、おっかなくて綺麗なところだねぇ」

 暇を持て余してか、女が独り言を繰る。


「俺も久しぶりにここまで来たが――」

 男は用意された長椅子に浅く腰を下ろしたままだ。

「ここだけは変わらないな……。そこがかえって薄ら怖くもあるがな」


 二人はノルド・ノア族の夫婦である。

 つい先日、南部の街道都市ボレアーに立ち寄り、ロアという名の甥を連れて里へと帰っていった。

 もとよりロアという甥などおらず、夫婦は二人だけでノルド・ノアの里へと帰還し、そこで新たな役目を帯びて、今は炎羅宮近くの屋敷にて待機している。


「そうだね……。各地を放浪するあたしらでも、此処の景色だけは見慣れない」

 見上げるほどの天井部を支えるのは無数にも思えるアーチと、整然と建ち並ぶ列柱。

 眺める窓の外には、空中に浮いた小島に建つ大小の館。


 かつてここにあった大地は、『レヒトの大災厄』の時にもろとも崩落した。

 わずかに残る地面を支えるのは蜘蛛の糸の如く入り組んだ石の橋や柱である。規則的な形状や幾何学模様が遠目にも見え、剥き出しの結晶が装飾のように陽に照り返る。

 どこまでか人工物で、天然のままなのかは想像するしかない。


 下を覗き込めば、黒い岩肌の真っ暗な奈落が広がるばかりで、毒性の強い魔素によって底の深さも覗えない。

 毒の雲の隙間がちらちらと灯って見えるのは、龍族の住処があるからだ。


 百年前の『レヒトの大災厄』の時、崩壊した旧都レヒトから主要な施設を移し、アウローラ皇帝によって新たな首都と定められて以来、ここには様々な種族が理性的に交ざり合っている。


「それにしても、さ」

 女は窓際で感傷に浸るのを止め、夫の横へと戻って来る。

「此処に、あたしたち二人だけで待たせるのって珍しいことじゃない?」

「そうだな」

 女は夫にぴったり寄り添うように座り、男も片腕を広げて自然にこれを受け止める。傍目にはくつろぐ夫婦の姿に見えるが、女は小声で男に言う。


「……三皇子の姿が見えないって……変だよね」

「あぁ」

 男は短く、しかし何度も頷いてみせる。

「カーマインはともかく、他の二人が全く気配もないってのがな」

 夫婦の知る限り、カーマインはシルファ神殿跡地を拠点とし、侵攻してくる六肢竜族からの防衛を一身に担っている。


 アルヘイト家が戦力の多くを北部シルファでの戦場に割きながらも、聖地レミオールを掠め取りドヴァン砦に陣取るのは、南部に住む全人族のためである、と帝国内では言われている。

 ノルド・ノア族もそのように認識していて、同じノア族のライオネルを支援している。


――けれどこの夫婦は目的を別にしていた。

 彼らの一族はノルド・ノア族の為にロワールの工房から星辰刀を運ぶ役割を持つ。里の外での活動を主とするため、トレイダーズ・ユニオンに所属している。

 二人は、あくまでもフローターズ側の人間である。


 だからこそ生粋のフローターズであるロアや、剣士ピオニーズ・ルネーに協力している。

 ユニオンやフローターズの総意に同調して行動していて、ドヴァン砦を境に人々の流れが滞る現状は、正しくない世界の在り方だと考える。


「ライオネルは……ドヴァン砦に張り付いてるのかしら」

「それもあるだろうが……タナトスは皇太子であり、レヒト聖殿の祭祀官長だぞ。俺たちはノルド・ノア族の代表を警護して来たんだ。どっちかは顔を出すはずなのに」


 女の方が、周囲を用心しつつ問う。

「やっぱり、タナトスが死んだって噂は……」

「あぁ。今回の異例の招請、その件が絡んでいるのかも……?」

 フローターズと繋がり何かと情報には通じている二人であるが、わからないこともある。


「でも、もしそうなら」

 女は納得がいかない様子で首を傾げている。

「案内人や――キメラたちが勘付かないはずがないのにさ」

「……キメラ、か」

 男はその言葉にふと思い出して言う。

「そういえば、ロアも今頃はもうサドル・ムレスに――」


 その時。

 奥の間へと続く扉が開かれた音が響き、夫婦はすかさず立ち上がって体を離した。


 やや間があって、三人の老人が奥の部屋から出てくる。

 三人はノルド・ノア族の三人の賢人――族長の相談役である。


 一目で憔悴しているとわかる様子に、夫婦は気遣って訊ねる。

「……どうなさいましたか。族長殿は?」

 夫婦はひとまず三人を座らせるが、三人ともいつになく言葉が重い。

「何か……悪い報せでも?」

 女が問うも、老人は首を横に振る。


「……レナードならば、今はアウローラと話しておる」

 レナードとは現在のノルド・ノア族の族長レナード・アナスタシアであり、ライオネルの祖父にあたる。


「アウローラ帝と? お二人で?」

 もう一方のアウローラとはノルド・ブロス帝国の皇帝アウローラ・アルヘイトであるが、長く病床にあることはこの夫婦ならずとも知るところである。

 アウローラはその無理をおして、此度の席に在るということだ。


「アウローラ帝がノア族の族長と三賢人を招くなど……大災厄以来のことでは」

「……」

 普段なら、聞き手となる若者がうんざりするほど一方的に話をしたがる三老人である。その三人をして、どこから話をすべきかすら迷わせる難題である。


 三賢人とは、ノルド・ノア族において三賢龍になぞらえて選ばれる三人の語り部である。

 サドル・ノア、オヴェス・ノア、ノルド・ノアのそれぞれの伝承に詳しく、古今の出来事を記憶し語って聞かせるのが役目とされる。

 帝国がこの三人を呼び寄せるのならば、必要とされるのはその古くからの知識なのだろう。


 ようやく一人が口を開いた。

「……こたびの招き、アウローラ帝ではない。彼もまた呼び出された一人に過ぎぬ、わしらと同じくな」

「と、おっしゃると?」

 老人の言葉には、アウローラ皇帝やノア族の族長すら逆らえない高みの存在が窺える。


「わしらノルド・ノア族に……里を移せとの仰せなのだ……」

 ノルド・ノア族が有史以来ずっと守り、生きてきた土地を離れろと、その存在は命じたのだという。


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