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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
321/379

三十二ノ十、クレイドル

 サイラスは手にした外伝集の、表紙の月に指で触れる。

 浮き浅彫りで表現された月の模様は、青くて丸い月の中にもう一つ、十日月ほどの明るい月が傾かずに描かれている。

 だがアユラはこのような欠け方はしない。


「エルシオンの神々と古代龍族は、大地に生きるもの達を作ろうとしました。しかし最初の一回は失敗したのです」

 サイラスは創世記にも似た訳文の内容を語る。

 エルシオンだけでなく、龍族の間でも語られてきた同じ物語である。


「作った、と仰いました?」

「えぇ。生命を作り出そうとし、そして失敗しました。これは、外伝扱いの聖歌を訳したもので、かなり暗い内容ですね」

 この訳を遺した者は、かなり突飛な研究者だったようだ。


 エルシオン神話では正統とされる正典は碑文――石に刻まれた物のみである。

 碑文集『聖碑文』として纏められ、内容には『はじまりのうた』『石舟伝承』のほか『九人の子供』『太陽の光、そのひら』など太陽に関するものが多い。


 それ以外は全て外伝、異伝となる。

 口伝、詩歌、民話などを文章化したものを指し、大きく二種に分類される。著作名が入るものは『口伝・預言』、作者不明の物は『無名伝承集』となる。

 どちらも正典を補足する内容ではあるのだが、得てして超常的なものばかりだ。


 サイラスは、この三種類の書物を区別無く所有している他、複数の研究者の著作にも目を通している。比較することで浮かび上がってくる本筋が見えてくる。


「龍族に語られる伝承によると、生き物が住むことの出来る大陸が無かったので、巨大な古代龍がその長い体で輪を作り大地と化したとのこと。他の古代龍たちも次々に加わって、逆さの円錐状になったとか……我々の住む大陸が不自然に丸く、中央に湖があるのはそのためだ、と」


 尾を枕にして頭を置き、その位置が聖レミオール市国近郊の山岳地帯だという。地図で言うと頭を下――南にして体を丸めている格好になる。


「この大地は浮島のように不安定で、治める者が替わるたびに回っていたのだそうです。しかし大地が絶えず動いているので生き物は生きられず、異形のものへと成り下がり、ついには死に絶えました。エルシオンの神々は、大地の背に十二の杭を打ち込んでこれを留め、正しい位置より十五度の傾きのまま回転は止まったと……」


 この訳は、数や時系列の不一致などから主流派からは敬遠されている。

 だがサイラスはこの訳をも頭の片隅に入れていた。

「星読みの矛盾を繕う詭弁だとも言われますが――」


「そもそも星読みの醍醐味とは、星の囁きが正しいか否かを断ずることではないのです。そこから人が何を読み取ったのか……読み手の立場や生きた時代で容易く変わってしまうその言葉こそが、人の内面を最も焙り出すのだと思います」


 それは未来ではなく今を知る言葉であり、自分を映す鏡であり、潜在的な知識を浮かび上がらせるもの。


「たしかに碑文などに比べれば言葉は遥かにうつろい易く、あてには出来ないピュリカなるもの。ですが……長い刻を超えても尚伝わる同じ物語には、人が何を望み何を識るのかが述べられている――それが言の葉の力だと、わたしは考えます」

「……」

 アーカンスには、これに答える言葉は浮かばない。


 様々な解釈や文献を残した先人たちは、サイラスのような人たちなのだろう。奇抜なものは歴史に埋もれ、無難な説が後に伝わるがその形もまた不完全である。

 彼らは多くを見て、深く知り、たくさん考えた末にやはり結論に至らず、さらに考え続けるのである。



「……うーん」

 アーカンスも言葉にならず考えている。

 現実の記録かどうかはともかく、エルシオンと古代龍の伝承は併せて一本の物語として成立している。

「この大陸、いや古代龍が造った浮島ならば『はじまりのうた』にある三回廻った、も有り得るんですね。大海を彷徨っていたとも読み取れる」

「そうですね」


 サイラスはまずは肯定して頷き、しかし別の解釈を口にする。

「それもありますが長期暦が三巡した、という説と併せるともう少し具体的です」

「どのような」

「この世界の前に、世界は三回滅んでいるという古代龍の伝承です」

 始まりの前に語られる終末である。


「三回も?」

「はい、一度目は『鉄と炎』が原因で。発展と戦いの時代に世界は大きく傷つき、それ以前の物は全て燃えました。その次が『汚染された水』による滅亡。大地は水に沈み、戦の炎は消えましたが再び浮かんできた大地は穢れていたのです」


「三つ目は、その毒水から発生した毒の風。恐ろしく冷たく、世界を毒の氷と雹に閉ざしてしまいました。これが、今も外海で吹き荒れる毒の嵐だとか」

「今も、ですか……」

 大地の怒りはまだ解けていないのである。


「古代龍が自らをして浮島となり眷属や子供たちの巣となったのも、この三つの滅びのどこかだとされています。そして四つ目、我々が住む世界は雷光によって始まった――」

「雷、光……?」

「エルシオンの民が古代龍と出会ったのは、雷が支配する世界であったと」

 アーカンスならずとも、連想するのは雷光槍――ガーディアンの武器である。


「そういえば」

 思い出したようにアーカンスが問う。

「あのロタンダで見た碑銘の数。現在知られているガーディアンの数よりも随分多いと感じたのですが」

 大図書館の深部、シルファ・ライブラリーで見たガーディアンの名を記したプレートの数、その瞬きはまさに星々を見るかのようだった。


「わたしも同じことを感じました」

 サイラスはアーカンスの考えていることを先読みして言う。

「刻印の間とはエルシオンが把握しているガーディアンの情報。そして輝いているプレートは生存中のガーディアンを表わすもの。……となれば、我々の知らない処で活動しているガーディアンの名が含まれていても不思議はない」


「つまり……。他の、大陸……?」

「そう考えた方が自然、ですね」

 現に、六肢竜族などは他の大陸から侵攻してきているのである。

「石舟伝承にも我々の祖先は別の大陸から来た、とある。我々には外の様子を覗うなど出来ませんが……故郷となる大陸には、我等の同胞となる人々が今も存在しているのかも知れません」


「故郷……か。それは、素晴らしいことでは」

 声音を明るくするアーカンスに対し、サイラスは慎重である。

「そうでしょうか?」


「仮に、あれだけの数のガーディアンが何処かに居て、それらが皆戦っているのだとしたら。この大陸を取り巻く嵐の外側は恐ろしい世界なのかも知れませんよ」

「……!」

「わたしはエルシオン神話を読み解こうと様々に調べていますが」

 サイラスは、手にしていた外伝集を卓に置きつつ言う。


「常々思います。……ここは完璧なんですよ。生き物が、人族が、龍族が生きてゆくための絶妙なバランス、そして無知。古代龍が子供達を守る為に作り上げた揺り篭であるという伝承とことごとく一致する」


「我々人族もまた、揺り篭の中で育てられている存在かも知れません」

 それが、サイラスが長年の研究の末に辿り着いた結論である。


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