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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
320/379

三十二ノ九、最初のものたち

 ここまでは一部の研究者に語られている説で、サイラス個人の解釈でもある。

 よく言えばユニーク、やもするとこじつけとも取れる説に、アーカンスは信じ込みそうになる自分を戒めている。


 サイラスは、謎や神秘を餌にアーカンスを取り込もうとしている。そうサイラス自身が先ほど口にした。

 これもそういった話術の一つかも知れない。

 パズルが型にぴったり収まるような、辻褄の合う話は現実には余り存在しない。例えば風の神が龍族だ、などとは実際に見にいって確かめたわけでもないのである。


「では……お尋ねしますが」

 アーカンスはもっとも気になっていた部分を切り込む。

「先ほどサイラス殿はステラ・シートを十五度傾けた。これは正確に東西南北を指してはいないのでは?」

 言われたサイラスは、珍しく苦笑している。

「やはり……そう思いますよね」


 サイラスは無言で、ステラ・シートと地図を二枚まとめて十五度の傾きを戻す。

 ステラ・シートは真直ぐに東西南北を示すが、下にある地図は通常の角度より傾いた。だが炎羅宮レヒトや、風炎山はきちんと正しい四方位に収まった。


「わたしもこの説にはさすがに懐疑的なのですよ。傾いているのはシートではなく、地図だというのです」

「地図?……説?」

 誰かの話か? とアーカンスは言葉に詰まったが、サイラスは後ろにある書棚から使い慣れた外伝集を取り出した。その装丁には月があしらわれている。


「様々な書物に古代龍族の建造物に関わる記述がありますが、その方角や距離に間違いがあると指摘されるのも確かです。しかし方位を神聖視する古代龍族に関してこれはおかしい。これもまたエルシオン神話の矛盾の一つです」

 炎羅宮が正しく東を向いていない、などはそのわかりやすい例である。


「はじまりのうた――誰もが知っていることですが、八行あるオリジナルに対して訳文は七行です。残った一行に関しては意味のなさない文章だと言われています」


 サイラスは手にした書籍を示して言う。

「ですが過去において、人数こそ少ないですが公式の場で見解を述べた者がいて記録にも残っているのです。この大陸は、方角が十五度ずれているのだと」


『最初のもの 現る 形をもたぬもの ピュリカなるかな

――大地は三度回り 命もその形をとどめない』


 『はじまりのうた』の欠落した一行である。

 これ以外にも多くの研究者が様々に訳したが、概ね内容は似ていた。大地は動いていたこと、そして『最初のもの』はそこで生きられなかったこと……などだ。


「大陸は三回廻った……。これは季節か、何かの節目が三巡したと考えるのが一般的です。十五度の傾きは時間を示しているのではないかと」

「……つまり?」

「時を計る器、または暦であると」

「暦……三巡と少しの所で何かが有り、生き物は形を留めなかった?」

 頷くサイラス、しかし続く内容は否定である。


「しかし円形のカレンダーらしき物は、遺物にも文献にも見つかっていないのです。それに、この回転については『エルシオンが放った十三本の杭によってその動きはようやく止まった』と続くのでカレンダーだとすると意味が通らなくなります」

「……十三? 杭の数は十二本では?」

「残る一本はアール湖の中心、真円の中心にあるとのこと」

「……なるほど」

 アーカンスは納得して頷き、すぐに次の疑問が思い浮かぶ。


「しかし……時間を示しているのではないなら、十五度も傾かせて杭を打ったのは何故でしょう?」

「回転説では、回転の惰性と解釈していますね」

「惰性……?」

「杭によって回転は止まりましたが、元通りの位置では無かった。最終的に止まった時の誤差が、十五度だというのです」

 たしかに、これは信じ難い話である。


「エルシオン神話にありがちな解釈の不一致です。どちらとも読めるのにどちらで読んでも意味が通らない、一つの碑文に複数の文章が浮き上がるのですから」

 正解を引き当てる何かが、欠落しているのである。


 いつの間にかアーカンスはこの謎に没入している。

 まさにサイラスの手の内と言った所だが、アーカンスにはサイラスは訊ねれば答えが必ず返ってくる知識の入れ物が如くである。


 そのサイラスも、今は相手を嵌めたり絡め取るといった考えを放棄している。

 話せば話すほど聞いてくれる相手というのは、得難いものだ。


「では……ピュリカ、とは?」

 アーカンスは今度は聞き慣れない単語について問うた。

「龍族の古い詩歌にある言葉です。その意味は『うつろうもの』、姿形を留めず、存在し続けることもない者たちです」


 古代龍族はこの言葉を天上人や地上の人族たちを指す言葉として使い、六肢竜族のこともこう呼んだ。

 長命な彼らにとって刻々と変容していく生命は賛美の対象でもあり、それがピュリカという詩歌と言葉を生んだ。儚き者達を謳った『ピュリカ』は『ララバイ』などと並んで多く詩集に纏められている。


「ではこの『最初のもの』とは、『始めの人』とも『大地の人』とも違う、別物の存在であると?」

「一説にはキメラ……異形の生物ではないかと」

「異形……」

 月魔でも獣でもなく、神話上の別の存在であるという。

 どんな姿であれ、古代龍族にとってはうつろうもの――ピュリカである。


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