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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十二ノ七、静かなる学び舎

 アーカンスたち三人が、サイラスの個室で話しをしているところに団長ベルセウス・アレイスが顔を出した。

 護衛役であるエリファスを呼びに来たのである。

「あぁ、悪かった。ついサイラスの講釈が長引いてさ」

 上官に対して悪びれる様子もないエリファスである。


 サイラスの個人講義に耐え切った騎士は数えるほどだ。

 しかし、こちらは習得したがあちらは駄目、それは理解出来たがこれは覚えられない、など完璧にこなした者はいない。


 サイラスの興味が多岐に渡り過ぎており、その内容も偏りや独自の解釈が強すぎるのである。日常の騎士の仕事には不要な作業でもある。


 アレイスが見ると、サイラスの手元に『ステラ・シート』がある。

 星読みの際に使用される薄い紙で、十二等分された円が描かれている。デュオデキム天体配置図に倣った図形であり、ホロスコープの円形図に似ている。


 円形の周囲には菱形の外枠があり、多くは美麗な装飾が施されているのだが、サイラスが使用しているものはシンプルな線画のみの図形である。

 計算時の補助線や数字を書き込むために、余計な飾りが無いシートだ。


「また星を読んでおるか。……今度の生徒は何ヶ月もつかな?」

 多趣味で知られるサイラスだが、星読みは聖殿騎士としては風変わりな特技である。星神に重きを置くのは放浪民フローターズの文化だとされるからだ。


「星読みはエルシオン信仰のもっとも合理的なものですぞ? 時にアレイス殿、貴方のご出身について話しても?」

 サイラス、エリファス、アーカンスは年齢や環境に差異はあれど、共にファーナム生まれのファーナム育ちである。だが団長アレイスは違う。


「私の生まれか? よかろう、ヴェイルという小さな村だよ」

 アレイスの返答に合わせ、サイラスはステラ・シートの八時の箇所を指差す。

 かつてヴェイル神殿が在った場所だ。


 サイラスが続けて説明する。

「ヴェイル神殿自体は古い時代にとうに消滅し、スドウ聖殿となったとされます。現在のヴェイルはアレイス殿の仰る通り小さな村ですが、神学校の最上位である大学アカデミーがありますね」

 アーカンスたち聖殿騎士には、名こそ知ってはいるが縁はない場所である。


「高位の祭祀官のみが修学を許されるところで、関係者と村の生まれの者以外には一切の出入りが不可……巡礼ですら入ることが出来ません」

 小さな村は、その人数に不釣合いなほど固い警備に護られている。

 ハノーブの町と同じく、人々は何かを守っているのである。

「――ゆえに『静かなる学び舎』とも言われますね」


「そして不思議と、ヴェイル村はガーディアンや優秀な祭祀官が多く排出される所でもあります」

「アレイス殿も、ですね」

 アーカンスが思い当たったようにその名を挙げた。

 団長アレイスは、預言者である。

「えぇ」


「デュオデキム天体配置図においてヴェイル宮はフロント宮と並び、強い感応と信仰心を象徴します。いかにもアレイス殿の出生地として納得がいく」

 アレイスの、預言者としての神通力はここにも現れているとサイラスは言う。


 一方のアレイスはというと、何度も聞かされた話だけに肩を竦めて微笑むだけだ。

「私も叶うものなら、あの学び舎で神秘に触れながら一生を終えたかったものだ。だが世界は放っておいては崩れてゆくものだ。……故に私はファーナムに来たのだよ」


 アレイスはそれだけ言うと、エリファスを伴って退室する。

 アーカンスはその背を敬礼して見守ったが、サイラスは物言いたげな表情でいる。


 実の所。

 サイラスは過去にヴェイル村にも人を遣り、アレイスの素性を調べようとしたことがある。だが、ヴェイルを取り巻く厳戒の網を抜けることは出来なかった。


 当時のサイラスは、ヴェイルにもハノーブの町と同じようにライブラリーが現存し、大学はその隠れ蓑もしくは研究機関ではないかと予想した。

 アレイスの預言や、預言者としての能力もそこに起因するのだろうと、サイラスは考える。


「……世間で星読みが軽んじられているのは、星を読むことで介在者を経ずして預言を受けることが出来るからです。……預言者であるアレイス殿のように」

 アレイスの足音が遠ざかるのを計って、サイラスが言う。


「星神は導く者であり教えを授けてくれる存在でもありますが、同時にトリックスターでもあるのですよ」

 サイラスの言葉は、以前アーカンスにも話した危惧を含んでいる。

「星読みに必要なのは、神々の言語である数の秘術。そしてトリックスターの嘘を見抜ける目と、嘘を楽しむことの出来るユーモアを解する心です」


 サイラスはステラ・シートを一枚手に取ると、アーカンスに向けて言う。

「今日の講義の締めに、一つ面白いものをお見せしましょう」


 サイラスはガラス盤の古風なテーブルをアーカンスに見せた。

 台の下から灯りを照らすと複数の紙を透かして見せることが出来る、いわゆる透過台である。


「ここに、もう一枚用意します」

 サイラスは十二神殿の記載された古地図を取り出し、ステラ・シートをその上に重ねた。透過台で下から照らすと、円形図のそれぞれのハウスの中に複数の地名が見える。


「これが、本来のステラ・シートの使い方です」

ステラ・シートは生まれ場所や日時などの数字の情報と、実際の地形を重ね合わせて位置を測り、計算することでその人の生まれ持った『星』やその影響力を観るのである。

 複雑な計算式や幾何学への造詣の深さなど高度なスキルが要求されるため、片手間の趣味では出来ないものだ。


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