三十二ノ六、夢
「ま……過去についてはそれを裏付ける歴史的資料がもはや存在しませんから、想像するしかないのですが」
サイラスはひとまずはこの場を繕う。
あくまでサイラスが個人的に考える歴史観であり、第四騎士団の運営とは無関係であると建前では言う。
「現在のファーナム・ライブラリー、つまりシルファ・ライブラリーの所蔵物は確かに一見無害です。しかし、ハノーブ・ライブラリー封鎖の理由がわたしの想像通りなら、全てのライブラリーを容易く開示するのは禍難を呼び込むかも知れないということです」
エリファスが大きく溜息をつく。
ここまでのサイラスの長い話は、先ほどエリファスが発した言葉の答えとして説明されていたのである。
「……あんたはアレイス以上に豪胆だよ、サイラス」
エリファスは呆れ半分で言う。
「アレイスが聞いたら首を刎ねるようなことを、俺やコイツに聞かせるんだからな」
コイツ、とアーカンスを顎で示す。
「考えてもみろ。解放派のスパイかも知れないアーカンスにロタンダの中身を見せたり秘術に関わる逸話を話したり……第四騎士団の相談役として、その行動はどうなんだよ?」
エリファスは当のアーカンスを前にもっともな指摘をする。
アーカンスの後ろにはアカルテル・ハル・ルトワがいる。
アカルテルは解放派の中でも主流、高名な人物であったが、今は神聖派に転向している。多くの者がその真意を疑い、注目もされている。
当然アーカンスの存在に気付いた者もいるわけだが、サイラスはそのアーカンスを懐に入れて匿い、何かというと教育を施している。
エリファスならずともサイラスの思惑は理解出来ない。
「スパイ? ……大丈夫ですよエリファス。ほかの者はいざ知らず、アーカンスに限ってそれはない」
「なんでだよ」
「アーカンスとアカルテルの間には、確執がありますから」
それまで他人事のように聞いていたアーカンスが、サイラスに振り返って注視する。
サイラスは天を指し示す仕草で言う。
「ばれていないと思っていましたか? まず一つに、貴方は他人に命じられたことよりも自分の興味を優先する野心家です。そしてルトワの一族というのは……みな、総じて夢想家でタイラントです」
サイラスから見れば、アカルテルの活動というのは理想の未来を実現するという強い目的のためである。解放派として秘術の開示を求めたのもその手段であり、神聖派への転向も同じ目的であろうと推察される。
他人の評価などに頓着せず、大きすぎる変化を成すためには多少の混乱などは二の次である。
一族の他のルトワも大なり小なり同じだ。
ある者は政治家に、ある者は家伝の商人として成功しようと励むがその目的は変化である。ウエス・トール王国に戻ったというアカルテルの長男などはその典型である。
その原動力は、他者から見れば叶わないとも思える夢であるが、未来図を実現するだけの気迫と行動力を備えてもいる。
「貴方は目の前にぶらさがる『謎』その好奇心からは逃げられないのですよ。バーツ・テイグラートというガーディアンと深く関わったことで、貴方の心はエルシオンに傾き、神秘に足を踏み入れている。わたしが貴方を手元に置く理由は、まさにその一点です」
アーカンスとアカルテルでは見えている景色が大きく違う、そうサイラスは言う。
「……」
アーカンスは目を見開くようにしてサイラスを見ている。
今までそのような評価をされたことはない。
大抵は、生真面目であるとか穏やかで堅い性質、同期や上官と衝突もするが任務には忠実、といった内容だった。総じて小さく纏まった印象である。
少なくともサイラスの言うような、夢物語で自分を膨張させるタイプではない、そう感じる。
だが同時に、今まで何処に配属されても他とは違う特殊な任務に就き、そんな浮いた状態を自然と受け入れている自分に周囲との隔たりを感じてもいた。
「例えば、です」
サイラスは少し話を戻す。
「シルファ・ライブラリーの異例の位置について、わたしはそれを神の御業と言いました」
「ハノーブやファーナムの例を見る通り、神殿や聖殿は人の手で移設出来ますが、ライブラリーはそうではない。出来ません。だからハノーブ・ライブラリーは当時のままの位置に在る。しかしシルファ・ライブリーは実際に動かされている。――とすれば、これは人の力ではない」
「……えぇ」
「シルファ・ライブラリーは神自身の手で移設されたと考えます。つまりは、奇跡ですね」
回りくどい言い方ではあるが、これがサイラス流である。
「問題はですね。方法ではなく、その意味ですよ。碑銘のライブラリーをわざわざ法則を曲げてまで移設した意味、その場所。それを考えることが我等の務めなのだと思いますよ」
「……つとめ?」
「貴方のような人間はそれに本能的に従い、知りたいと望むのですよ」
シルファ・ライブラリーに施された独特のマークなどは、そのヒントなのだとサイラスは考える。
「我々タイレス族はとても好奇心が強く、危険を厭わない健脚が特徴です。十二の神殿と十二のライブラリーを辿る巡礼が成されていた頃、人々は多くを見てよく識り、深く考えていたのだと思います。これこそが、エルシオンに仕えるということ――」
ここがサイラスの複雑なところである。
頑なな妄信者なのかと思えば、冒涜的な謎解きも嬉々として行う。
神意に盲目的に従いながらもその裏を疑い続けている。
サイラスの中では理性と妄信が両立する。
世界はシンプルで合理的であってこそ美しく、強い信仰心に耐えうる幹であり繁栄があるとサイラスは考えている。
アーカンスから見れば直属の上司であるサイラスの人物が掴めないというのは、本当にやり辛いことだ。