三十二ノ五、無垢なる者たち
――聖殿騎士。
古くはガーディアンと呼ばれていた騎兵たちである。
当時はガーディアンといえばこちらを指し、バーツたちのようなガーディアンは人前に出ることはなかった。
竜筒などのギミックはまだ無い頃だが、それでも六肢竜族を駆る騎士たちは十二神殿を守る心強い戦士集団だった。
彼らは後に貴族等の特権階級へと繋がり、今の騎士文化へと続く。
「ハノーブ神殿が移設された時、それまで神殿を守っていたハノーブ騎士団も解散されました。そして残されたハノーブの町の警護を、ファーナムの騎士団の一つが務めました。それが我々の第四騎士団の前身となるもの」
この辺りまでは第四騎士団に所属する者ならば当然の座学として知っている。
「後にハノーブの町が自立し警護が不要になると、この騎士団は今度はファーナム市内のハノーブ地区の警備を長く務めました。ハノーブからの住人が暮らすための区画……ですがその実態は同じものを守っていたのではないか――と」
「……というと?」
「――ジェム・ギミックの技術」
「ジェム……ギミック?」
「ハノーブ・ライブラリーに収められた内容がジェム・ギミックの秘儀だとすると、後々のファーナムの発展やハノーブについての辻褄が合うのですよ」
聞いているアーカンスには、この説明には年代のズレがあるように思える。
「しかし、ギミックの技術が広く浸透したのは百年前の神官戦争の後のはず。ハノーブ地区の成立はそれよりずっと前では?」
「そこです」
サイラスは自らの疑問を口にする。
「レヒトの大災厄、その後の神官戦争。そこからの復興の為に帝国でギミック技術が解放され、瞬く間に大陸中に技術が広まったと言われます」
皇帝アウローラ・アルヘイトの命を受け、ローゼライト・アルヘイトを始めとする研究者が『遺跡』からジェム・ギミックの技術を引き出し、確立させた。
新しい技術が大陸中に広がる様は、まさに瞬く間と表される早さだった。
あまりに早く大陸中に浸透したために、殆どのジェム・ギミックの機構はローゼライトたちのオリジナルからかけ離れていない。
そんな中で、ファーナムのジェム・ギミックは帝国のギミックとは違うと言われ、これをファーナムでは技師らの研究の賜物だと自負している。
「ファーナムのハノーブ地区にもギミック工房が建ち並ぶようになり、ファーナムは発展しました。ですが、それ以前から秘密裏にギミックの研究施設は存在していたのではないか……わたしはそう考えます」
ずっと話半分で聞いていたエリファスが口を挟んだ。
「なんで途中から話が曖昧なんだ? あんたは団長相談役なんだから、昔のことも全てわかってるんだろ?」
エリファスの指摘に、サイラスは首を横に振る。
「百年前の神官戦争の時、あらゆる事柄がリセットされたのですよ。くわえて昔の第四騎士団に関しては、数度の大火によって資料がほぼ失われていますしね」
サイラスは、こういったリセットも故意に、定期的に行われてるいのではないかとも考えてるが、それは今は口にしない。
「ハノーブの町は今は厳重に自衛していて、ライブラリーの存在すら公言されていません。ライブラリーは無いことになっていますが……とてもそうは思えない」
「厳重に、とは?」
とアーカンス。
多くの者がハノーブの名から連想するのは、神殿の跡地しかないひなびた町、その程度の認識である。
サイラスは言う。
「ハノーブに迂闊に立ち入ったり、遺物一つでも盗もうものなら問答無用で死罪です」
「……ずいぶんと、厳しいのですね」
「ええ。ですがライブラリーだとしたら当然です。ライブラリーは本来、門外不出が大原則ですからね。かつての巡礼者たちは、ライブラリーで見たものを書き残しませんでした。何かを得た者は、その地で生涯を終えたのです」
わずかに残った記録は、百年前の神官戦争の時に全て破棄されたという。
「神官戦争のそもそもの起こりが、秘術の隠匿に起因したからだともされます。神殿は、全てを隠すことを選択したのでしょう」
全てを隠すことを選択したのが『神聖派』であり、それに対抗しようと立ち上がったのが『解放派』である。
現在ファーナムを二分する勢力の原因となったのが、ハノーブの町ではないかとサイラスは言うのである。
第四騎士団はその活動において『神聖派』の全面的な庇護と監視を受けている。
神聖派は革新的なファーナム市の中枢にあって信仰を説き、錘のように人の暴走を食い止めている――そう世間では見られている。
だが、もし――。
サイラスは用心深く前置きする。
「もし……過去においてファーナムが不当にこの秘術をハノーブから盗み出していたとしたら。それを行ったのが第四騎士団だとしたら」
「……ぇえ?」
アーカンスは違和感から眉を顰め、エリファスは感心したように頷いている。
ファーナム市の歴史観に汚点が生じ、第四騎士団という存在にも疑問が生じる。
信仰の放棄の末に他の騎士団から切り離され、神聖派の傀儡となったのかも知れない。
「第四騎士団はエルシオンへの絶対忠誠を謳いながら、その実像は背信者の集団だったかも知れないのです」
あるいは、その身代わりとして――。
「……なるほど」
新参者であるアーカンスには、納得のいく話である。
こと細かに日々の活動や思考を矯正される第四騎士団の有様は、古巣の第三騎士団とは真逆である。
過去の罪への贖罪を連綿と続けるのが第四騎士団であり、神聖派なのだとしたら。
「でも……だとしたら、なぜ解体もされず今も残っているんでしょう。何百年も前の事件とはいえ、団員がそれを知らされないというのも」
「それです」
サイラスの仮説はともかく、差し迫った危惧はまさにそこである。
「解体しなかったのは彼ら――そして今の我々自身に秘密を守らせるためでしょう。集団の心理として知っていても、いなくても負い目を感じるのが人です」
「……負い目……」
「生贄の羊は、役目が巡ってくるまでは生かされる」
そして今、ベルセウス・アレイスという男がこの集団を束ねている。
預言者という肩書きの、エルシオンの操り人形――。
その意思決定は、神聖派の思惑や他のファーナム市民の日常からは大きく乖離している。