三十二ノ三、光と影
ともかくも。
居住区を離れ、長い廊下を歩いていく。
壁も床も天井も、一つの石材を刳り抜いたように同じ色合いで継ぎ目がないが、もはや岩窟住居とは呼ぶには整備された通路が続いてる。
「造りは……あの砂船と似ているが……」
バーツも何かを感じ取ってか言葉少なである。
「この感じ、ファーナムのギミック・プラントと似てるな」
アシュレーの耳にも、ギミックの稼動音が聞こえている。
「これが、泉の底の石とやらで動いてるって?」
「らしいな。そうでもなけりゃあ無限の動力の説明がつかねぇ」
かなり深くまでクロウラーの内部を歩いているが、通路には灯りがぼんやりと点っている。
「この通路も……知ってる」
イシュマイルにとっては過去に一度、その後も夢の中で何度か歩いているのと同じ景色だ。
「クロウラーっていうのは、誰が修復をしているの?」
イシュマイルがテッラに訊ねる。
サドル・ノアで見た、これと似たような洞窟の中はもっと整えられていたし、テッラのいう『死んだ』建物とは違っていた。
テッラの代わりに、エルが後ろから答える。
「クロウラーには自己修復の能力がある。生き物に近い構造だと考えればいい。さらには修復専用のパーツもある」
「どんな?」
「――人間も、その一部さ」
エルはこの言葉に含みを持たせる。
「人がそこで暮らすこと、ともに旅をすること。これがクロウラーが生き続けるということだ」
テッラはそういうと、両開きの扉の前で立ち止まった。
「ここで、わずかだが作物を育てている」
テッラが鍵を外すと、エルが代わって扉を開いた。
入ってすぐは足場となっていて、眼下には下に二階分ほど下がって広い空間がある。
「水耕……栽培のプラント?」
「そうだ。ただし、泉の水を直接引いているわけではない。地下水からだ」
アシュレーがすぐに気付いた。
「じゃあ、ここにも水プラントが」
テッラは頷く。
「水プラントが一番長く保つ。設置された数も多い。人の住む所ならどこにでもある」
下を見ると、平行する水路に沿って棚が高くなっていて、数種類の植物が育っている様子が見える。整えられた床や壁にくわえ、棚の周辺が明るいこともあって清潔そうに見える。
規模こそ違えども、ファーナムで見た栽培プラントにも劣らない施設かと思われた。
「……驚いたな。光を当て続けてるのか」
バーツは長身を折るようにして下を眺め見ている。
「水の浄化プラントが稼動する過程で、タービンを回して光を作っている。物理的な仕組みさ」
エルが、テッラに代わって答えている。
「屋外ほど数は作れないが、確実に収穫は出来る。まぁ、赤岩の人数を養う程度にはな」
「水プラントっていうのは、そんなに古くから動いてるの?」
テッラは程ほどで部屋を出、イシュマイルも続いた。
「そう聞いている。この施設も我等が作ったのではなく、元から在った物を復元しただけだ。結果は……見ての通りだ」
このクロウラーに住んでいた人々の、かつての生活の一部が再現されている。
「人が住むには水が要る。水がないなら代わりの何かが必ずある。……水の痕跡を追えば過去の――人の足跡も見えてくるものだ」
テッラは言う。
「流れる水は繁栄を、淀む水からは病と死。水の古代龍はこの両面を司る――」
その後。
一行は、岩窟住居の出口まで戻ってきた。
外の陽は傾いていて、すぐにでも夜が訪れようとしている。
ここからはオアシス側は見えないが、辺りの砂丘が仄かに明るく見えるのは、砂虫への対策に立てられた松明がまだそのままになっているためだ。
テッラは、イシュマイルに言う。
「種のことだが……オアシスの連中とも話してみよう。難しい問題もあるが、お前の言う通りだ」
良かった、とイシュマイルは頷く。
「もし、上手くいかなくてもサドル・ノアなら力になってくれるはず。……問題は距離だけど」
イシュマイルはすでに考えていたらしく、アシュレーとエルを見る。
「……ん、私?」
エルは自分の胸元を指差してとぼけている。
「確かに私はどこにでも行けるが、ここでの仕事もあるのでな」
エルはそういってアシュレーを見る。
「俺?」
「上級メンバーの証、アストライオスを取得するのだろ?」
「それは、そうだけど……」
困惑気味のアシュレーを一通りからかい、エルはイシュマイルに頷いてみせる。
「ファーナムのこともある。『ディアンの娘婿』としても、君達の側に付こう」
アカルテル・ハル・ルトワの動向、そしてファーナム聖殿騎士団にいるという『ディアンの娘婿』の正体。エルにとっては義務と興味が半々である。
「なに。同じ謎を共有するというのなら、ガーディアンに協力することもやぶさかでは無い。我々と君たちは所詮、フローターズ。似た者同士だ」
素直に協力しよう、とは言わないエルである。