三十二ノ二、薬葉
テッラが少女の頃。
初めて授かった『ビジョン』は、六肢竜族の大群がウエス・トール王国まで侵攻してくる光景だった。
ただ一度、シルファの前線が崩されただけで、飛竜族の群れが二つの国に広範囲の破壊と汚染をもたらした。
ノルド・プロス帝国はまだ『レヒトの大災厄』のダメージから回復しておらず、英雄と謳われたアウローラ・アルヘイトの勢力も磐石ではなかった頃である。
ウエス・トール王国では先代の国王がこの襲撃により落命し、混乱に拍車を掛けた。
内陸側のオアシスも例外でなく、吹き込んだ毒風によって果樹畑も家畜も人も大きな被害を受け、特に薬葉は全て枯れてしまい再生することもなかった。
少女は警告を受け取りながら、何も出来なかった。
子供心に重く責任を感じてエルシオンに祈りを捧げ続け、やがて天からの声を聞くようになる。
ここから、巫女としてのテッラが始まった。
「この薬葉は、オアシスの古代龍の泉によってさらなる癒しの力を持つ。良い水と陽の光、どちらもたくさんあった」
「泉の……水?」
「そうだ」
テッラは言う。
「わたしは、この薬葉の生き残りを探した。そして辿り着いたのがこの洞窟。わたしはここでも声を聞き、別の植物を見つけた。それが『月針葉』だ」
月針葉――その名に月を持つこの多肉植物は、月で唯一咲く植物だと伝説にある。
月とは冥界、霊迷宮アユラである。
死して月に昇った魂が浄化され、再び地上に戻って巡るまでの永い眠りの場。月針葉は儀式においても魂の浄化に使われていたという。
赤岩の一族は、月針葉の雫を使って薬を作ってきた。
またノルド・ブロス帝国でタナトスらが月魔石に似た黒い魔石、月幽晶を作っていたのも、同じ月針葉である。
岩窟住居の一部屋、一筋の月光が差し込む場所に月針葉はあった。
今、三人がいるこの場所である。
「……あの薬葉。サドル・ノアではまだ残っていたということか。イーステンの森なれば、成るほどそうかも知れぬ」
テッラは得心がいったように頷いて呟き、イシュマイルはというと何か考えている。
「もしかしたら……」
イシュマイルはもう一度手持ちの小袋を確かめる。
それはサドル・ノアから持ってきた薬草を詰めた袋。
ドロワでは情報屋の老婆に一つ渡したが、その後は特に消費することもなく持っていた。
一つを開き、中を確かめる。
乾燥させた葉の混じって、硬く乾いた種が入っている。
イシュマイルは、それをテッラへと差し出して言う。
「……もしかしたら。オアシスの泉の水なら、発芽するかも。同じなんだ、聖地にあった癒しの泉の水と――」
テッラはその呼称に目を見開く。
「癒しの、泉?」
「うん」
「……」
テッラは小袋を受け取りはしたが、まだ何か考えている。
「なるほど……ようやくわかったよ。水を司る古代龍がどこに向かい、魔人がなにをしたのか……」
そして独り言のように呟く。
「これが、あの声が示した再生の……?」
テッラは何度か頷いていたが、改めて小袋の中をを見る。
手の平に乗る、乾いた葉と種の詰まった袋は密度のわりには軽い。
「……たしかに、泉の水でならば甦るかも知れない」
「……」
「ただ、それが我々赤岩の一族に何をもたらそうか……」
イシュマイルにも、言葉の意味はわかる。
ドロワでも小袋一つの薬草に思わぬ値が付くことを学んだ。
テッラは、薬葉が枯れた時の大人たちの争いを生々しく見ている。
「……でも」
イシュマイルは考えたが、やはり口にする。
「それでも。その薬で助かる人が、いるなら」
「……」
テッラは、今は答えを出さなかった。
泉の水を使うとなると、オアシス村全体の問題でもある。
「不思議なものだ」
テッラはひとまず小袋を袖にしまい、改めてイシュマイルに向き直る。
「わたしは何度かビジョンを見たが、ほとんどがわたしの身近に起こることだった。だが、幾つかはそうではなく、それが何なのかと考えていた」
イシュマイルもバーツも、テッラの言葉の意味はわからない。
「一つには。とある金色の髪の女性が、月針葉の鉢を持ってもう一人の女性に手渡している姿を見た。二人はとても似ていて、姉妹か……双子のようだった」
「……」
「さきほど、おまえがわたしに種の袋を手渡した時に、それを思い出した。あの女性は、おまえも見たであろう金属の肌の女性にも……似ていた気がする」
そこまで聞いて、ようやくイシュマイルにもテッラの考えが伝わった。
「じゃあその金髪の女の人は、魔人なの? その人が、月針葉というものを持っていた?」
「……かも知れぬ」
テッラは確信が持てないまま、頷くだけだ。
「わたしがここで月針葉を見つけた時。あの時わたしを導いたのもまた、同じ魔人だったのやも知れぬと」
テッラは、三つ目の部屋を出るとまた別の部屋へとイシュマイルたちを促した。
「これは、本当に珍しいことだ」
エルがそうアシュレーに耳打ちする。
エルの知る限り、赤岩一族以外で岩窟住居に入ることが出来たのは、アストライオスを持ったトレイダーズ・ユニオンの者だけだった。
エルですら、クロウラーの内部を見るまでに時間を要した。
「やはり、ガーディアンというのは別格なのだな」
エルは憎まれ口半分の口調である。
「……そうなのかな」
アシュレーはというと、真逆の感覚である。
「話には散々聞いてたから……もっととんでもなく現実離れした連中かと」
再従兄弟のアルウィスなどから、アーカンスやアカルテルの言葉を又聞きの形で聞いていた。評議会に近い者ほどガーディアンや適合者の能力を注視している。