三十一ノ九、アレノフ
「――何故出てきたのだ、エル」
テッラはその男をそう呼んだ。
名前ではなく古文字の一つ、仮の名である。
「何故だって? 長々と話し込んでいるから、実物を見せた方が早かろうと思ってね」
エルは龍人族の常でタイレス族より長寿であり、年齢的にはテッラとそう変わらない。
赤岩一族とも長い付き合いである。
エルはバーツの前に立ち、三人によく見えるようにと腕を伸ばした。
ぱっと手を開くと、長い鎖に繋がれたペンダント――ガラス製のロケットが指から零れ落ちる。
「!……っ」
バーツも、アシュレーも声にならずにいる。
指からぶら下がる鎖の先には、緑色のガラスの器。
「……トレイダーズ・ユニオンの」
最上級の、と言葉の繋がらないアシュレーである。
幼い頃に見た、母が持っていた品とよく似ている。
「ぇえ?」
まさか、と声音に出したのはイシュマイル。
バーツは無言で怪しんでいる。
「まぁ、見たこともない物を本物だと言われても信じられぬのはわかる」
エルは鎖を揺らして音を立てつつ言う。
「これはそれ自体が記録なのだ。遥か昔より数多の魔人がこの地に下り立ってきた……彼らの大岩が降った場所には賜り物が生まれ、我等はその事実と存在を記憶に留めるために、こうして身に付ける」
天から降る大岩とは隕石のことであり、衝突時の熱と衝撃で再構成される、いわゆる砂漠ガラスである。星の人――アストライオスの印を彫り込むことで『ディアンの娘婿』の初心を再認識させる証となる。
「君たちが本物のガーディアンであると言うなら、言葉や証拠の品などではなく自らの記憶の中から真実を掘り起こすことだ」
「……どういう意味だ」
バーツが口を開くも、エルは答えそのものは返さない。
「私は堂々巡りの会話は嫌いなんだ」
エルはそう言うと、それまでの気さくな笑みを消した。
真顔で淡々と話しだす。
「ディアンの娘婿は実在する。ただ君たち騎士連中が言うような犯罪組織ではなく、夢想家の集団でもない。我々は歴史と神秘の探求者だ」
「それともう一つ――」
エルは手首を僅かに返して、ぶら下がっていたロケットを手の平に引き上げる。
「以後、私を龍人族とは呼ばないでくれ。龍人の血統ではあるが赤髪の連中とは違う。私は『ノルド族』だ」
ノルド族。
ノルド・ブロス帝国の名にのみ、種族としての記憶を残す民――。
「我々ノルド族は、発現の序列こそ龍人族と対等だが、種族的には君たちタイレス族に近いのだ。だからこそノルド・ブロスで龍人族と共存でき、エルシオンへの信仰を持ち続けることができる」
「……」
黙って聞いているバーツやアシュレーたちであるが、今ひとつ納得の出来ない様子である。
「ともかくだ」
エルは龍人族らしく一方的に話題を変えると、居住区へ続く扉を指し示した。
「お互い信用と安全は確認したのだから、客人として皆に紹介すべきじゃないか? 構わんだろう、テッラよ」
「……好きにおし」
テッラは否とも応とも言わず、杖を持ち直すと居住区への扉を開けて入っていった。
エルはというと三人に手振りで入るようにと薦め、自分もその長身を折るようにして扉をくぐる。その様を見送り、バーツとアシュレーは顔を見合わせた。
「いこうよ」
先に動いたのはイシュマイルで、警戒するでもなく後に続く。
バーツが急いでイシュマイルに付き、アシュレーは最後に入ると扉を閉めずに室内を見回した。護衛に付いて来ていた砂船乗りは、この広場で待つことになる。
次の部屋も広間になっており、十人ほどが床に座っているのが見える。
よく見れば子供が多く、親らしき女たちの周りでそれぞれに手作業をしている様子だが、横になったままの子もいた。
テッラはその子の近くにある椅子に座り、親らしき女と言葉を交わした。
バーツはその様子を遠目に見ている。
テッラは見るからに偏屈な老婆であるが、一族の者を気遣う様子からは厳しくも深い愛情が覗える。一族を束ねる母である。
「ここにも……壁絵が」
イシュマイルは、室内を広く見回した。
先ほどの広間と同じ岩肌の部屋だが、こちらの方が壁画が綺麗に描かれている。記号や文字ではなく、絵である。
人の形、植物、魔物、砂船、流れる水……景色を写したのか、何かの物語なのかはわからない。
アシュレーは二人より後ろにいて、警戒は解かずにいた。
エルは首飾りを掛け直すと、今度はアシュレーに話しかける。
「ルトワの者。君と私はトレイダーズ・ユニオンの同業者だ。そして私は『ディアンの娘婿』の一人として、同じ一員だった君の一族を知っている」
扉に張り付いたままだったアシュレーだが、エルの言葉には反応を示す。
アシュレーの母方の家系について、である。
「アシュテュール・アレノフ・ルトワ。君の名前は『ディアンの娘婿』だったアレノフ・コフ・ルトワの名を継いでいる。彼の功績はよく知っているし、彼が何故ファーナムに落ち付いたのかも、我々は知っているつもりだ」
「……それは、どういう」
「アレノフの目的は商売の拡張ではなかった。真実の探求だ、我々と同じく」
バーツ、そしてイシュマイルが振り返り、アシュレーの顔を見る。
「わからない……うちの先祖が、何だって?」
アシュレーは覚えのない話に困惑し、エルはそれを見て苦笑いで首を振る。
「まぁ、良い。君や君の兄弟たちはまだ若い。慌てて決めることでもない……」
エルはそういうと、手の中のガラスのロケットを見る。
「この中にあるのは、記録だ。この大陸にはない『クリスタル』という鉱物で作られたチップが入っている。これは聖碑文と同じく多くの情報を閉じ込めておける素材でな……ただ内容を読み取るには、特殊な技術でないと無理だ」
エルは、聞きなれない単語を独り言のように呟いている。
アシュレーも、バーツやイシュマイル、テッラすらもその意味はわからない。