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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十一ノ八、白き龍人

「……ユニオンの……」

 アシュレーが、呆然と声にする。

 突飛な発言かと思うが、思い当たる節もある。


 ルトワの一族がファーナム市に移住した経緯いきさつ

 一族が総出で故郷を離れたきっかけや、フローターズのメリットを捨ててまで定住し、ファーナムの激戦区に店を構えたことの理由ははっきりしない。

 その後の一族の成功については事あるごとに聞かされてきたが、アストライオスの加護だ、というばかりで明確な説明はなかった。


 ほかにもある。

 母の生前、風変わりな剣士風の男が時折出入りしていたこと。

 父であるアカルテル・ハルがルトワ家に婿入りした途端、さほど実績もないままユニオンの上級メンバーとなり、ファーナム市の評議員にも成れたという陰口の意味。


 そのアカルテルが、今になって唐突に神聖派に転向したこと。

 アシュレーは実家を離れてはいたが、他の兄弟やアルウィスたち再従兄弟はとことは密に連絡を取り合っている。彼らによれば、アカルテルの一連の行動は極めて冷静で慎重である、と。


 アシュレー自身、この地で仕事を始めた当初からルトワ姓を名乗ることへの優位性を体験し、違和感を抱いてきた。

 あえて姓を伏せ、個人として活動しているのは意地でもある。


「そう……か。国境を自由に行き来でき、巡礼札ほどの拘束もされない。かつ魔物ハンターよりも怪しまれずに行動し、商談として区別なく出入りできる――」

 トレイダーズ・ユニオンが『ディアンの娘婿』の母体となることに不思議は無い。


 アシュレーも何度か危うい書面の売り買いの経験があるが、商売相手を介して得られる情報の価値は金銭で計れるものではない。

 信用という実績だけが生き延びられる担保である。


 アシュレーの様子はともかく。

 テッラもまた合点がいったように頷いている。

「なるほど……お前の我々に対する悪印象はガーディアンでなく、聖殿騎士としてのものだったか」

 バーツに対し、互いに根本的な勘違いがあったと理解する。

「かつての騎士ライダーも今となっては城壁に張り付く番人か。我等とは天敵同士かも知れん」


 テッラは改めて聖殿騎士、そして未熟なガーディアンとしてのバーツに言う。

「わたしをそこらにいる偽の預言者と同じと思うな。エルシオンの声を聞く事が出来るのは、聖殿の者だけではないのだ」

 買った情報を売り物に聖人を気取る詐欺師は、どこにでも居る。

 テッラや、彼女の信奉者である赤岩の一族が人知れず隠れ住むのも、そのような誤解から身を守るためだ。


 そして念を押すように繰り返した。

「我々赤岩の一族が直接参加しているのは、そこのルトワが言ったように『石工協会』の末端だ。そして四つの集団は互いに共有し助け合って生きている。お前たちが放浪民フローターズと呼ぶ存在もな」


 都市に住む者からすれば、フローターズと言えば流れ者かならず者という偏見が少なからずある。ウエス・トール王国そのものも環境の厳しい過去の土地だと思われている。

 だが王国民にとって品物や言葉とは人と共に渡ってゆくもの、一所に留まらぬ生き方そのものが大陸の血流なのである。


「じゃあ……情報屋とは無関係だと言い切るのか?」

「そうではない」

 バーツはまだ食い下がり、テッラも言い訳をしようとは思わない。テッラの能力は別として、そのようなやり取りも必要だからだ。


 赤岩一族は、放浪こそしていないがまつろわぬ者――フローターズである。社会から孤立した閉鎖的な集団であり、クロウラー遺跡に立ち寄る者たちもまた様々な背景を持つ。

 そのことについての良し悪しという感覚はない。


「たしかに『ディアンの娘婿』とは繋がりはある。だが……それはこの国では普通のこと。長旅には止まり木が必要、それだけだ」


 赤岩の一族の考えでは、岩壁に掘り込まれた様々なマークはどの団体とも分け隔てなく接すること、そこに属する人々をも受け入れるという意思表示である。

 あらゆるギルド、あらゆる種族、あらゆる教え。

 すべてエルシオンの者である。



――果たして。

 バーツたちはこの広場には自分たちしか居ないものとして話しているが、もちろん岩窟内には他の人々が生活している。

 彼らはテッラの指示通り姿を隠しているが、それに従わない者が一人いた。


 なぜならその男は赤岩の一族ではなく、タイレス族でもないからだ。

 テッラが珍しく外の人間相手に感情的に話しているのを聞き、興味を惹かれて出てきたのである。


「!……バーツ」

 バーツの背後に、イシュマイルは人影を見つけて注意を促した。

 イシュマイルの驚きの表情に、バーツとアシュレーもそちらを振り向く。

(ライオネル!)

 バーツとイシュマイルは咄嗟にそう連想して身構え、アシュレーは珍しい人物と会ったという顔でいる。


 男はというと毎度のことで慣れていて、指を立てる仕草で二人を宥める。

「まぁ、落ち着け。私もテッラの客人で、補佐役だ。話をしようじゃないか」

 男は指を伸ばした片手を上げたまま、ゆっくりと進み出る。


 背が高く、銀色の髪。

 そしてレアム・レアドやライオネルと同じ、紫色の瞳である。

(龍……人族。なんで、ここに?)

 イシュマイルは双牙刀の柄に手をやったまま、身を硬くしていた。


 男は特徴こそ龍人族そのものだが、髪をタイレス族のように短くしている。

 オアシス民とそう変わらない装束で、岩窟内にいることもあって肩袖のない肌蹴た衣を着流し楽な格好でいる。

 そのラフさはあの日ドロワで出会ったタナトスを思い出させ、顔立ちはどことなくライオネルを連想させる。

 ドロワでの記憶が鮮やかに甦る。


「サドル・ムレスのタイレス族は、いつも同じ反応をするな」

 男は他人事のように笑っている。それもそのはずで、ウエス・トール王国とノルド・ブロス帝国は同盟関係にあり、少なからず人の行き来がある。

 この帝国人の男もまた、泉の石やクロウラーの残骸を調べるために滞在している研究者だと名乗った。


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