三十一ノ七、フローターズ
フローターズという言葉がある。
放浪民、あるいは遊民などを指すもので、身分や土地に縛られず各地を自在に行き来する者たちをウエス・トール王国では古くからそう呼ぶ。
わかりやすい例では魔物ハンターや流れの剣士、竜族を連れた放浪民を指し、ほかにも国境を越える隊商や、大陸を横断する巡礼者なども一時的にこの括りの中に入る。
他の地域ではウエス・トール王国人を貶す言葉でもあり、非定住者を揶揄する意味でも使われる。
タイレス族であれノア族であれ、町や村に生きる者たちは共同体や聖殿に守られて暮らしているものだ。
だがウエス・トール王国では今も昔も、不安定な地面に縛られない非定住型の生活者が多くいて、二大共同体から零れてしまった人々を受け入れるのは講やギルドといった互助、支援のための組織である。
ギルド、あるいは結社であるが、その著名なものは四つある。
最も規模の大きいものが鍛治師ギルド、次いでトレイダーズ・ユニオンである。
「あれ? 最大のものは魔物ハンターのギルドじゃなかった?」
イシュマイルがタイレス族の街で暮らすようになり、一番目にしたのが魔物ハンターのギルドとその関連施設だった。
拝殿の宿坊の隣にハンターズ・ギルド系列の雑貨屋がある、など日常的な光景である。
アシュレーは、テッラの指示通り説明役に徹している。
「ハンターズ・ギルドの大元は鍛冶師ギルドなんだ。ハンターの窓口に工房があって装備の調達ができるのもその為だ」
鍛治師のギルドは『アンビルの民』と呼ばれ、金床やハンマーをモチーフにしたT字の印を掲げている。町に暮らせばこのT字型のマークの入った看板を見ない日はない。
そのため鍛治師ギルドは鍛治職人だけでなく魔物ハンター、冒険屋などの自由民の集団を幅広くカバーしている。
町にあっては外からの滞在者を一纏めに引き受けるほか、自衛のための人員確保を肩代わりし、時に他業種の職人の庇護なども担う。
鍛治ギルドの炎と鉄が、古くから共同体の根幹を支える大黒柱となってきた。
ちなみにジェム・ギミックの発展以前のファーナム市も鍛治師ギルドに支えられていた時期が長かった。鍛治師一党であるカルードがファーナムに拠点があるのもその由縁だ。
アシュレーは、テッラの表情を覗いつつ言う。
「残る二つのうち、神秘主義者の集団が『ファング』、それと詳細不明の結社と言われてるのが『石工協会』――赤岩一族はこの石工協会に属してるってのは、噂程度に聞いてるけどな」
先の二つに比べると、こちらは名こそ知られているが実体はあまり知られていない。
「ファングにフェンリル、ディアンの娘婿……噂の種としちゃあ興味は尽きないが――」
アシュレーの言葉に、バーツはすかさず否定する。
「だがファングは実在するぜ」
ガーディアンでなく、元拝殿騎士としての言葉である。
街中で騒動を起こすといえば魔物ハンターの類ではあるが、ファングを自称する者達も何かと騒ぎの源であることが多い。本人たちは大真面目に活動しているだけに厄介だった。
『ファング』のマークは、下を向いた三角形を二つを並べた図である。神秘の守護者である狼の牙を表していて、その攻撃性をも体現することもある。
帝国に中枢があり、タナトス派である『フェンリル』もこれに含まれると囁かれる。
残る『石工協会』だが、この呼び名は通称であり正式名は会員のみが知る。マスタービルダーズ・リンギング・アソシエイションで、選ばれた親方のみが登録できる結社であり、頭数は少ないとされる。
象徴する印は、三本の線からなるNの形と言われ、聖殿や時おり遺跡などにも見つかることがある。
聖殿、神殿の修復作業などへの参加が許されるが、エルシオンの技術に直接触れることにもなり、四つの中でも特に排他的で規則や序列が厳しく、外部に詳細が漏れることはない。
テルグム晶石を唯一加工できる技術を秘匿しているとも言われる、秘密めいた結社である。
これらの四つのギルドシンボルも、他の記号と同じく岩壁に刻まれていた。
バーツは言う。
「ここに掘ってある印はどれ一つとして気楽に掲げていいもんじゃねぇ」
この中では正菱形のマーク――『ガイド・ダイヤ』は異質とも言える。
あくまでシルファ・ライブラリーのシンボルマークでしかなく、それを掲げる者は『この謎解きに興味があるか』と意思表示するものだからだ。
正菱形と真円の交差する四つの点が四大ギルドを表しているとか、エルシオン信仰の古い形を模した図形だとか様々に言われるが、答えはない。
故に、謎解きに誘引するためのガイドなのである。
「俺がファーナムの聖殿騎士だった頃、噂程度には耳にしてた。『ディアンの娘婿』の一人が、ファーナムの騎士にいるってな」
『ディアンの娘婿』とはこの四大組織を自在に行き来する存在の一つであり、実態は情報屋の集団であると噂されていた。もっぱら都市伝説のように扱われるが、事があるとちらちらと影を見せる厄介な存在である。
実在するなら、その範囲は国境も種族も問わず大陸の隅々まで及ぶと思われる。
街一つを守護する立場の聖殿騎士からすれば、敵対せずとも放置はできない相手だった。ジグラッドなど騎士団は長い時間をかけて裏取りを続けてきた。
その一人が、ファーナムの聖殿騎士にいるとなると尚更である。
ガーディアンになる以前の話はあまり口にしないバーツであるが、聖殿騎士としてのバーツは粗野な見た目にそぐわぬ固い一面がある。忠誠、犠牲精神、正義感などである。
同じファーナム騎士の不正に対し、苛立ちを隠せずにいる。
アシュレーはここにきて、逆にバーツに訊ねる。
「……『ディアンの娘婿』は典型的な放浪民だろ? なんで騎士になんかなれるんだよ」
フローターズと違い、聖殿騎士は街に定住し身分も行動も管理された立場である。バーツ達から見ても、どこに抜け道があるのかわからずにいた。
「だから、噂止まりだった。だがそいつはトレイダーズ・ユニオンのロケットか……それに準ずる物を身に付けているって断片的な情報だけはあってな」
「ロケット……」
ファーナムでは噂に過ぎなかった事柄が、アシュレーの話と照らし合わせると辻褄が合ってくる。その騎士が持つというユニオンの証は、恐らく緑色のアストライオス――。