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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十一ノ五、空からの客人

 イシュマイルは、バーツたちの後ろを歩きながら聞くともなく二人の――魔人ハサスラの話を聞いていた。バーツはアウルだとかギミックだとかに興味があるようだったが、イシュマイルは別のことを考えている。

 とくに、砂漠の魔物が見せた金属製の女性像が頭から離れない。


 テッラによれば過去に地上に降り立った魔人のうち、いずれかに似せて作られた人形の姿だと言う。

(……どうして、それを僕に?)

 僅かながらに魔物たちの感情に同調シンクロしたようで、懐かしさに似た興味を惹かれていた。


――不意に。

 アシュレーが振り返って注意を促した。

「見てみな、赤岩一族のテリトリーに入ったようだぜ」

 イシュマイルが顔を上げると、道端の大岩が赤く塗られて目印になっている。


 バーツも周囲をそれとなく観察しているが、岩に掘り込まれたマークに気付いた。

「む、こいつぁ……」

 上向きの三角形もしくは逆さまになったV字の形、内側に真円が描かれている。


 バーツより先に、イシュマイルが言う。

「これ、知ってる。アストライオスだ」

 先頭を歩いていたテッラが、その声に足を止めた。

「ほう、知ってるのか」

 アシュレーが感心したように言い、イシュマイルはサドル・ノア族のレンジャーの知識として説明する。


「アストライオスの意味は『星の人』――そしてノアの村では客人の印。村には殆ど外の人を入れちゃいけないんだけど、この印を持つ人は特別。村の賓客なんだって」

 イシュマイルは両の指で上向の三角形を作りつつ言う。

 ギムトロスによれば、多くはボタンロケットやペンダントの形で身に付けているとのことだった。


 アシュレーはイシュマイルの話を補足して言う。

「そいつは『トレイダーズ・ユニオン』の上級メンバーの証さ。国境や街、種族を越えて交易できる特権があるから、サドル・ノア族の村も例外じゃないわけだ」

 そして付け足した。

「……とりあえずの俺の目標だな。あと数年で取得できるはずだ」


 トレイダーズ・ユニオン。

 いうなれば商人による互助組織――ギルドである。


 基本的には市街地で店を構えたり、キャラバンを組み護衛を雇うなどする場合にはトレイダーズ・ユニオンへの加入が前提となっている。

 個人としての登録のほか、その家族親族等も自動的に加えられるため、例えば実家が商人のアーカンスなども名前だけは名簿上に在る。


 会員の人数は相当数に及ぶが、貢献度や実績に応じて認められた者だけが上級会員として印を持つことができ、ユニオン中枢への参加が許されることになる。


「つまりは、さ。赤岩の一族もユニオンの上級メンバーとなら取引しますってことだろう?」

 アシュレーはテッラを挑発する口調で言ったが、テッラは意に介する様子もない。

「……王国に拠点があった頃のルトワの家系には最上級会員の者も居たというが……お前はそんな一族の話すら知らない。もっと勉強することだ」

 テッラは言い捨てるとまた前を向いて歩き出し、アシュレーはその背を不快そうに見る。


(最上級? まだ上があったのか)

 ずっと黙ったまま聞いているバーツには、トレイダーズ・ユニオンについて多少の知識がある。


 それはアーカンスからではなくジグラッド・コネルスら軍団幹部から得た情報だ。岩に刻まれたアストライオスのマークには別の意味もある。

(……だとしたら赤岩の一族、やはりただの隠遁者じゃねぇな)


 バーツはアシュレーに追いつくと、心持ち声を落として尋ねる。

「最上級会員ってのは?」

「あぁ、それか。ファーナムに移住した頃の先祖が階級を持ってたってのは聞いてるが」

 アシュレーは実家のこととなると口が重くなる。


 ユニオンでの階級は十二階層あり、六階から一階までを上級会員とする。最上級という階層は、書類の上では存在しないのである。


「それのおかげで一族はファーナムまで行けたし、市民として定住もできたって話さ。階級章は本人一代限りの物だから、その後はユニオンに関係なく形見として伝わってる」

「どういう代物だ?」

「……そう、だな。随分前に、オフクロが持ってたが……ペンダントだったな。オフクロが死んだ後はオヤジが持ってるはずだ」

 最上級メンバーの証は、アシュレーの母方の家に伝わって来た物だ。つまりアシュレーの父であるアカルテル・ハル・ルトワは、元はルトワ家の者ではない。


 ペンダントのチャーム部分は開閉式――つまりロケットになっていた。女性の胸元を飾るには大きく見えたが、中には遺髪や遺品が入っていると聞いたのを覚えている。


「ロケット、なるほど……」

 バーツは納得したように頷いている。


 通常のユニオン会員の身分証はカードである。

 赤みを帯びた金属に名前等の情報が刻印されており、ユニオンでの会合や税の徴収などの際に身分を証明する物となる。

 アシュレーやアカルテルはもちろん、アーカンスなどもこれを個々に持っている。


 上級メンバーになると、これに加えアストライオスを所持する。

 カードと同じ赤みがかった金属製で、ボタンやペンダント、懐中時計など終始身に付ける物に施される。国境を越える際や異種族の居住地に立ち入る際の身分証ともなる。

 通常『アストライオス』といえばこちらを指し、便宜上『紅のアストライオス』とする。


 そして最上級メンバーの物とされるのが、緑がかったガラス製だと言われる『翠のアストライオス』である。

 ユニオンメンバーとして前述の二つのユニオン証も所持しているはずなので、気安く誰かに見せることは無い。必要なのは外側ではなく内側にある何かであるとも噂され、アシュレーが見たというロケットペンダントはまさにそのものだろう。


「中身を見たことは?」

 バーツは踏み込んでさらにたずねたが、アシュレーは鼻で笑うだけだ。

「あのオヤジが。妻の形見をその息子相手にでも見せるわけは無いさ」

「アーカンスは知ってるのか?」

「!」 

 唐突に再従兄弟はとこの名を挙げられてアシュレーも面食らったが、質問には真面目に答えている。

「……俺ですらじっくり見たことないんだ。知らないはずだ」

「安心したぜ」

 バーツは未だファーナム市やそこでアーカンスに起こった異変などを知らずにいた。


 バーツの問いはそこまでになり、一行は赤岩一族が集団で暮らしているという岩窟住居へと到着する。


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