三十一ノ三、母なる者たち
「砂漠の魔物が、真昼間に姿を現すなんて……」
アシュレーは砂地に居並ぶ魔物たちを警戒しつつ、彼らに低頭して祈り続けている赤岩一族とを交互に見る。
その後ろでは、数名のオアシス民がこれを知らせに街へと走り戻る。
残りの者は魔物を刺激しないようその場に留まった。
「赤岩の人たち、何て言ってるの?」
「わからん。だが魔物の方も反応はしているような……」
赤岩一族の祈りは、言葉というより長い音を繰り返す歌のようである。
先頭に居た一体の魔物が、ようやく動いた。
人族と同じ形の片腕をゆっくりと上げ、指差しで示した。
「――えっ?」
イシュマイルを、である。
赤岩の一族は祈りを止め、イシュマイルに振り向く。
この場にいた全員がそうした。
「……」
イシュマイルは、真直ぐに自分を指してくる指先を、魔物の顔と思しき頭部を見る。
金属の肌を裂くように、大きく描かれた黒い模様は目なのか。
吸い込まれるような黒い色――。
「……女の、人……?」
何かの映像が頭に入ってきた。
目の前の魔物の姿に被るようにして、女性らしき顔が視える。
黒く光を返す金属質の肌、すらりとした鼻筋、唇……。
両の眼は黄色み掛かったジェムのようで瞳はない。顔にも首筋にも板金の境目を連想させる筋がある。赤く見える金属の髪が肩や胸元に流れて肌を縁取る。
明らかに人族ではないが、顔立ちの特徴はタイレス族の女性とも思え、こんな際でも美しい人だと感じた。
イシュマイルは、我知らず魔物に向かって頷いていた。
それが周囲の者の目にはどう映ったか。
オアシス民は見慣れぬ滞在者に不審の目を向け、赤岩の者達は何かを確認し、また魔物の方へと体を向けて深く頭を下げた。
砂漠の魔物はというと、赤岩の者達を無視して指差していた腕を下ろす。
バーツは、驚きに固まっているイシュマイルをちらと見はしたが、魔物の方へと注意を向けた。
(……今更、だよな)
何か事件が起きるなら、その中心にはイシュマイルがいる――そう師であるシオンは言っていた。だが、ここまでの行動でイシュマイルや自分たちに落ち度があって招いた事態とも思えない。
砂虫や魔物だけでなく、オアシス民たちとも衝突するかも知れない。
原因はともかく、今はイシュマイルを守らなければ――。
バーツは厳しい表情でいる。
「……アシュレー。あの砂虫と、砂漠の魔物は組してるのか?」
「え……」
アシュレーは混乱していて返事に詰まったが、もとより答えを知らない。
「どっかで接触されてるはずだ。お前らもオアシス民も、普段通りの行動なんだろ?」
「……もしかして、砂船で遭遇した砂虫、とか?」
アシュレーは思いつく言葉を呟いたが、今までもあの場所には何度も行ってトラブルになったことはない。
いつもと違うとすれば、赤岩の者達がいつもより多くオアシスに下りて来ている程度だ。
バーツは最初から赤岩の者達が頭に引っ掛かる。
「赤岩の連中は、魔物との意思疎通が可能なのか? それともそう思い込んでいるだけで、相手にされていないだけなのか?」
砂漠の魔物と呼ばれた人影たちは、赤岩の一族には何の仕草も返していない。魔物はただイシュマイルだけを見ている。
いつの間にか、アシュレーたちの背後にオアシス民の長と、赤岩一族の母――巫女の老婆が来ていた。
赤岩の老婆は、杖を付いている。
無言で、その杖でもって地面を数度叩いた。
祈りの拍子でも取っているのか、それを続けている。
砂漠の魔物が反応を示し、一斉に動くとその場で背を向けた。
「……砂漠の魔物が」
船着場の皆の前で、魔物たちは砂の下へと潜って行く。
蛇が土に潜るように、さほど時間も掛からずに砂漠の魔物は姿を消し、少しの間があってから後方に居た砂虫が蠢いた。
盛り上がった墳墓のような姿から、大量の砂が流れ落ちて砂虫がその体を顕にする。その砂虫もまた頭から砂へと潜って行く。
海を泳ぐ大蛇のように何度か浮き上がっては潜る動きを繰り返し、やがて砂の音と共に遠ざかっていった。
「……砂漠の魔物を……連れて行った?」
誰の目にもそう見えた。
あの砂虫は砂漠の魔物を連れてきて、用が済むとまた運び去った?――オアシス民も砂船乗りも、互いに顔を見合わせる。
砂漠の民の認識では、両者は姿こそ似ているが別系統の生き物である。共存、協力の関係にあるなどとは聞いたことがない。
「――テッラよ、今のはどういうことか」
オアシスの長が、赤岩の老婆に問うた。
テッラとは名前ではなく、巫女としての称号である。
「人を捜しに……」
老婆――テッラは短く答える。
「彼らの、女王を」
「女王だと? 砂漠の魔物たちのか?」
長は驚いて問い返し、次いで指差されたイシュマイルを見る。
「なぜ、彼を」
テッラは目を閉じると数度首を横に振る。
「捜し人と違った……だから、何も取らずに帰って行った」
「何もって……じゃあ、もしかしたら誰かを連れ去りにでも来たというのか」
「……」
テッラは無意味な質問には答えない。
「今日、この時。来ることはわかっていた……だから我々も来た」
長との会話を切り上げ、テッラはイシュマイルとバーツに向き直る。
「ガーディアン、だね」
「……あぁ」
バーツは、イシュマイルを庇うようにして代わりに答える。
テッラはバーツを、続いてイシュマイルを見て言う。
「お前たちの気配を……女王だと勘違いしたのだ。特に坊や、お前は女王によく似ている」
言われたイシュマイルは何かに気付いて息を飲む。
この老婆は、あのビジョンを見たのか?――と。