三十一ノ二、砂漠の魔物
「彼女は言ってみれば巫女だ。彼女に神託が下ったことで、赤岩の連中は岩場に洞穴を見つけて暮らすようになったとか」
当時はまだほんの少女だったという。
以来、巫女と赤岩の一族は何十年もの月日を岩窟住居で過ごし、時々新たな『声』を聞いては道しるべとしてきた。
「……じゃあ、ジェム・ギミックを信奉するってのは」
「エルシオンの在り方そのものを称えてるんだろう。目に見える奇跡だろ、ギミックは」
巫女の老婆はというとオアシス民の輪には入らず、用意された席に座ったまま頑として前を向いているだけだ。関わりたくないのか、ただ集中しているだけなのか、厳しい表情でいる。
アシュレーとバーツは暫くはそこに居たが、進まない会話の中で埒が明かないと首を振る。
「仕方ない。一度表に出よう。ハサスラの様子も見ないと」
「そうするか」
砂船乗りと共に壁際で待っていたイシュマイルを連れ、バーツはその場を後にする。
一行が立ち去るのをオアシス民は何と無く見送るだけだったが、老婆はその背に一瞥をくれた。僅かに動き、また元の硬い姿勢に戻って沈黙を続ける。
「なぁ、あとで赤岩の連中についてもう少し教えてくれ」
「あ? まぁ構わんが、どうした」
バーツとアシュレーは歩きながら声をひそめて話している。
ハサスラに戻る道中にも赤岩の一族がぽつぽつと立っていてバーツたちを見ている。
「ちょっと気に掛かることがあるんだ。出来れば話をしてみたいが……」
バーツお得意の直感である。
「それは難しいな。よそ者とは一切話をしない」
ハサスラの停泊する船着場まで戻ると、相変わらず砂虫はそこで小山のように砂の中にいて、その様子をオアシス民が見張っている。
傍らでは荷運びが注意しつつ続けられていたが、それも終ろうとしていた。
「……あいつら、何を見てる?」
バーツは赤岩の一族の動向を覗う。
他の皆が大きな砂虫に恐怖を抱き目を離さず作業している中で、赤衣の者達はまたハサスラを見上げていた。
(上?)
彼らは船体の、上の方を見上げている。
バーツも視線の先を探して目で追う。
マストに、何かの彫像がある。
さほど大きくもなく周囲の模様に紛れて気付かなかったが、他の装飾とは赴きの違うずんぐりとしたフォルムの何かがある。
柱にも浮き彫りされていて、金属の箔が施された丸い体や大きな二つの目が陽の光を照り返している。
「どうした?」
バーツの様子にアシュレーが気付き、同じように上を見る。
その時だ。
「――バーツ! 前にいる、砂の中!」
イシュマイルの鋭い声が響いた。
アシュレーや周囲の者達は何事かとイシュマイルに視線をやり、それからイシュマイルの見ている先へと振り返った。
だがバーツはイシュマイルの発声と同時に、イシュマイルと同じものを視界に捉える。これはガーディアン同士に起こる感覚の共有である。
視線の先、ハサスラの船体の影に人の姿がある。
頭から砂を被った、フード姿の人物――体格のわりに全身が低く見えたのは、膝から下が砂に埋まっているからだ。
船着場は、砂の砂漠である。硬い地面ほどではないにしろ、人が立って歩ける程度には砂地は固い。
だがその砂の地面から、人が立ち昇るようにして頭の先から這い出てくる。
一人、また一人と増え、船着場を黒い人影が取り囲んだ。
「アシュレー、あれは――」
バーツの声を、アシュレーは手振りだけで制した。
周囲にいたオアシス民が悲鳴とともに砂際から逃げ去り、砂船乗りもアシュレーの近くに駆け寄って来た。
「……攻撃するなよ、敵対はしないと示すんだ」
「えぇ?」
アシュレーは手振りで、イシュマイルにも双牙刀から手を離すよう促す。
オアシス側の人々が見守る視線の先で、一番手前にいた黒尽くめの者がフードを外して姿を晒す。
砂避けの布着れの下には、全身が金属に覆われた人の姿がある。
金属製の全身アーマーにも見え、特に頭から肩にかけてが一体の兜のように大きい。大きな両眼のような黒い模様が不気味である。
「あれは……砂漠の、魔物だ」
アシュレーが努めて声を落として言う。
バーツは「あれが」というようにアシュレーを見たが、誰の目も突如現れた『砂漠の魔物』に釘付けになっている。
バーツは気付く。
フードのせいで大きく見えていたが、背丈自体は小柄な人程度である。頭は肩と一体で、両の腕が極端に長く、足は短い。下半身に比べて大きく見える上半身で前屈みに佇んでいた。
全身は複雑に入り組んだ板金に見え、隙間に見える幾つもの色は宝玉でも嵌めこんだように鮮やかである。
「……これは、砂虫の時と同じ?」
砂虫は、全身が金属に見える生物だった。
だとしたら、目の前にいる砂漠の魔物もまた金属のような体を持つ人型の生き物なのか。アシュレーによれば、彼らは相応の知能もあるらしい。
「見て、赤岩の人たちが――」
イシュマイルが小声でバーツに知らせる。
見ると赤岩の一族は皆地面に平伏し、砂漠の魔物への敬意を示してか何度も頭を下げては祈りの言葉らしき声を発している。
イシュマイルたち初見の者でなくとも、異様な光景である。